[column] ゲームから小説へ ダンジョンファンタジーの傑作5選(細谷正充)

文字数 5,147文字

 「ゲーム文化を背景としたネクストファンタジー」「全傑作、ハズレなし!」をテーマに掲げて2018年10月に誕生したレーベル「レジェンドノベルス」が創刊2周年を迎えました。これまで刊行してきた約50タイトルの中から更なる傑作を、文芸評論家の細谷正充氏に選んでいただき、それぞれの作品の魅力を存分に語っていただきました。(本文執筆:細谷正充)

 ネットの小説投稿サイトの作品を商業出版する〝レジェンドノベルス〟が創刊されたのは、二〇一八年十月のことであった。以後二年間の間に、多数の物語を刊行。レーベルの中心になっているジャンルが、異世界ファンタジーだ。

まぎれもない傑作『迷宮の王』

 異世界ファンタジーにも、いろいろな種類があるが、まずダンジョンものを取り上げたい。RPGでお馴染みのダンジョンは、小説でも無数の作品が書かれてきた。その過程で共通認識ともいうべきテンプレが生まれている。一定の階層の部屋に留まり、冒険者たちが倒さなければ次の階層に進めない、ボス・モンスターもそのひとつだろう。『辺境の老騎士』で知られる、支援BISの『迷宮の王』(全三巻)は、このテンプレに異議申し立てをしたところから始まる。



 剣と魔法の世界にあるサザーランド迷宮。その十階のボス・モンスターはミノタウロスだった。力はあるが、気をつければ問題なし。冒険者に倒されても、一定の時間が経てば復活する。どこの迷宮にでもいる、ありふれた存在だ。しかし、そのミノタウロスは、戦いを渇望する裡なる衝動に突き動かされ、本来出られない部屋を出ようとする。彼の願いに応えた大地神ボーラによって、冒険者モンスターとなったミノタウロスは、強敵との戦いを求めて迷宮を徘徊するのだった。



 という冒頭から本書が、通常のダンジョンものとはまったく違う内容であることが理解できる。さらにパルデモスト王国の直閲貴族メリクリウス家の当主でありながら、冒険者をしているパーシヴァルがミノタウロスとの戦いで死亡。能力的にはミノタウロスより遥かに強いパーシヴァルが負ける理由が、きっちり作り込まれているのが嬉しい。多彩なモンスターや、いろいろなタイプの冒険者と戦い、レベルアップをしながら迷宮の王になっていくミノタウロスの行動は、ダンジョンものの醍醐味に満ちている。一方、パーシヴァルの死をきっかけに、メリクリウス家の関係者や、周囲の人々を巡る人間ドラマも繰り広げられるのだ。


 ダンジョンものは、階層を攻略する過程や、さまざまなモンスターとの戦いが読みどころとなっている。だが、それだけではストーリーが繰り返しになってしまう。重要なのは、ダンジョン攻略と並行して、人間ドラマを作ることだ。その点も本書は抜かりがない。第二巻以降は、パルデモスト王国貴族の争闘がクローズアップされる。主人公となるのは、ザーラと名乗って修行の旅をするアルス。メリクリウス家の家臣であり、後一歩のところまでミノタウロスを追い詰めた英雄パンゼルの息子である。


 アルスの旅は、やがて神意に彩られた遍歴となり、世界の真理の一端に触れることになる。ダンジョンの真実も含まれる。一方、強敵を求めるミノタウロスも迷宮の遍歴を続ける。互いの遍歴が重なる終盤の熱い展開を経て、ついにふたりは激突。クライマックスの戦いに胸が震える。さらにラストで本書が、ひとつの時代の終わりと、新たな時代の始まりを描いた物語であることも明らかになる。なんて凄いストーリーなのだ。まぎれもない傑作である。



予想外のストーリーと絶妙なバランスの『ダンジョン・シェルパ』

 加茂セイの『ダンジョン・シェルパ 迷宮道先案内人』(既刊三巻)も、癖のあるダンジョンものだ。主人公のロウは、迷宮道先案内人(ダンジョン・シェルパ)。迷宮探索及び攻略を目指す冒険者たちの手助けをする、道案内兼荷物持ちだ。



 タイロス迷宮のシェルパの中で、若いながらも凄腕のロウに、ある日、新たな依頼が入る。王都で活躍し、東の勇者の位に君臨している冒険者パーティー〝宵闇の剣〟が、タイロス迷宮を単独突破するというのだ。訳あって金を貯めているロウは、気乗りしないまま〝宵闇の剣〟のシェルパを務めることになる。自分を敵視するパーティー・メンバーを飄々とあしらうロウ。しかし未到達階層の戦いで、重症を負ったリーダーの〝死霊使い〟ユイカを助けたことから、彼女に惚れられてしまうのだった。



 ユイカの能力を当てにした〝宵闇の剣〟のダンジョン攻略方法。ロウの特殊な能力。未到達階層に現れる強敵など、本書にはダンジョンものの面白さが横溢している。登場人物の織り成す人間ドラマも濃密だ。ロウとユイカがいきなりカツプルになり、周囲が混乱する様子は、大いに楽しめた。



 だが、なんといっても注目すべきは、ロウのキャラクターだろう。かつてロウと付き合っていた女性は彼のことを「昔のロウは計算高く身勝手な性格で、同業者ともめごとになることも多かった」と思っている。年の離れた妹が生まれ、母親が死んで兄妹だけになってから、温和な雰囲気をまとい、周囲と協調するようになったロウ。でも、本当に性格が変わったのだろうか。読み進めるうちにロウが大切にしていたのが、妹だけであることが見えてくる。作者はロウの内面をあまり書かないだめ、どこまで彼の言動を信じていいのか、常に一抹の疑問を感じてしまう。そのために第二巻の展開に強いサスペンスが生まれ、ページを繰る手が止まらなくなるのだ。



 さらに第二巻の終盤からラストにかけて、予想外のストーリーに翻弄される。それを受けた第三巻では、主人公たちを取り巻く状況を一新。併せてロウの、自分にとって大切な人のためには、どのような手段でも取るという身勝手ぶりが露わになっていく。それでも主人公を応援したくなる、物語の絶妙なバランスは、作者の才能だろう。ロウが心の底から笑える日は、いつくるのか。続刊が待たれる。




頼もしい主人公の魅力が抜群 『斥候が主人公でいいんですか? 失敗知らずの迷宮攻略』

 神門忌月の『斥候が主人公でいいんですか? 失敗知らずの迷宮攻略』(11月5日発売予定)もダンジョンものだが、第一話は追放物として始まる。ここでいう追放物とは、冒険者パーティーのメンバーのひとりが、何らかの理由(多くは役立たずと誤解されて)で追放され、そこから主人公が新たな活躍をするというもの。本書の主人公のアルバは斥候だが、ダンジョンの中でいきなり前衛三人から追放を宣言される。ひとりで地上を目指すことになるアルバだが、ここから彼は真価を発揮。一方、アルバを失った前衛三人組は、全滅寸前になる。



 その後アルバは、彼の実力を理解している後衛のラキアとモナ、新たに知り合った前衛のケイティとユリシャとパーティーを組む。男ひとりに女四人の、ハーレム・パーティー(笑)である。よくある追放物のパターン通りに話は進むのだが、気持ちよく読めるのはアルバが鈍感系でもヤレヤレ系でもないからだ。斥候としてプロフェッショナルに徹する彼の姿が魅力的なのである。また、アルバは迷宮の罠のある場所に蛍光塗料を塗るのだが、神官のモナが【光の癒し】を使うと、近くの塗料まで消えてしまう。そのことについて彼は、「塗料も汚れと見なされるんだな。目印が消えてしまっている」というのである。ちょっとしたことだが、こういうセリフが物語世界のリアリティーを増してくれるのだ。小説を分かっている作者である。



 さらに本書は第二話で、ストーリーの方向性が大きく変わる。詳しく書くのは控えるが、そういう話になるとは思わなかった。いきなり世界観が拡大したが、それでも行動や思考の変わらないアルバが頼もしい。斥候が主人公でいいんですか? いいに決まっている。大歓迎である。




戦記物の醍醐味が満載 『無色騎士の英雄譚』

 なんだかダンジョンものが続いてしまったが、異世界戦記ものにも面白い作品がある。浦賀やまみちの『無色騎士の英雄譚』(既刊三巻)だ。主人公は、三十代前半の童貞ニート。理不尽な理由で殺された男は、剣と魔法の世界に転生した。なぜかニートという名前を付けられた男は、小さな村で暮らし、幼馴染のコレットと結婚する予定。ところが悪徳貴族により村が蹂躙された。ここから曲折を経て戦奴になったニートは、初陣で「紅蓮の槍」と称される敵将のバルバロスと戦い、奇跡的に一命を取り留める。さらに戦場から逃亡した彼は、傷ついたバルバロスと再会。一緒にバルバロスの故郷を目指す。



 ネット小説のいいところは、作者が自由に作品を書けることだ。本作は、転生主人公が戦いの渦中で成り上がっていくところが読みどころだが、本筋に入るまでが長い。実際に成り上がりが始まるのは、第二巻中盤の第五章からだ。さらに第三巻になるとニートの周りに、どんどん仲間が増えていく。戦記ものの醍醐味だ。



 もちろん、それまでのストーリーが詰まらない訳ではなく、じっくり描かれた村での生活があるから、ニートの悪徳貴族への怒りに深く共感できる。戦奴としての苦しい日々があるから、彼の行動に納得できる。戦記物に相応しい、ゆったりとした流れに身を浸せるのは快感である。それでも第一巻だけでは、物足りないという読者がいるかもしれない。だから三冊まとめて購入して、ニートの成り上がりの第一歩までを、一気に読んでもらいたいのだ。




究極の異世界ミステリ― 『異世界の名探偵』

 最後に取り上げるのは、片里鴎の異世界ミステリー『異世界の名探偵』(既刊二巻)だ。現在、異世界を舞台にしたミステリーは増加傾向にある。ランドル・ギャレットの「パーシー卿」シリーズ以来、この手の作品を好む私にとっては、嬉しいことだ。ただし書く方は大変だろう。なにしろ現実の世界とは違う法則のある異世界をきちんと構築した上で、謎とその論理的な解決を創らなければならないからだ。


 この点を作者は、巧みにクリアしている。第一巻の「首なし姫殺人事件」を見てみよう。主人公は現代の日本から、剣と魔法の世界に転生したヴァン。もともと探偵に憧れていた彼は、独自のシステムで国家公務員のような地位にある探偵になることを目指す。平民ながら魔術の才能や前世の知識を生かして、王都の名門校に入学したヴァン。名門バアル家当主のレオ・バアルや、訳あって男装をしているキリオ・ラーフラと友達になり、充実した学園生活をおくるのだった。


 このように主人公を転生者にすることにより、作者は現代日本人の目線で、物語世界のシステムやルールを分かりやすく説明してくれた。しかもこの部分に、その後の殺人事件の布石を打ち、伏線を張っていく。卒業時、成績優秀により表彰されることになったヴァンたちが遭遇したのは、密室の中で首なし死体になった、聖女の生まれ変わりといわれるヴィクティー姫。事件解決のために派遣されてきた名探偵を向こうに回して、真相を明らかにするヴァンの推理にワクワクさせられた。特に密室の謎が見事だ。


 続く第二巻「帰らずの地下迷宮」は、潜入した冒険者の大半が不可解な死を遂げるという迷宮攻略に、ヴァンが参加。次々と起こる不可解な事件に翻弄される。こちらも迷宮の意外な真実を起点にした、ヴァンの推理が鮮やか。その世界だからこそ成立する謎と論理に酔った。異世界ファンタジー・ファンだけでなく、ミステリー・ファンも要チェックである。




 この他にも、現実世界のゲームと異世界の戦記をユニークな形でリンクさせた、かすがまるの『ゲーム実況による攻略と逆襲の異世界神戦記』既刊二巻や、異世界の戦いを戦国小説のノリで活写した、朽木外記の『城主と蜘蛛娘の戦国ダンジョン』既刊二巻など、注目すべき異世界ファンタジーは、まだたくさんある。たった二年で、これだけの作品を揃えたレジェンドノベルスが、どこまで飛躍するのか。今後が楽しみでならない。

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レジェンドノベルス『迷宮の王 1~3』
   支援BIS 著/目黒 詔子 装画
レジェンドノベルス『ダンジョン・シェルパ 迷宮道先案内人 1~3』
   加茂 セイ 著/布施 龍太 装画
レジェンドノベルス『斥候が主人公でいいんですか? 失敗知らずの迷宮攻略』(11月5日発売予定)

   神門  忌月 著/じゅん 装画

レジェンドノベルス『無色騎士の英雄譚 1~3』(3巻は電子書籍のみ)
   浦賀 やまみち 著/ヤマウチ シズ 装画
レジェンドノベルス『異世界の名探偵 1~2』
   片里 鴎 著/六七質 装画

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