メフィスト賞2022年下期座談会

文字数 15,326文字

応募総数500作品超! 

メフィスト賞受賞者は現れるのかーー?

 2022年下期のメフィスト賞座談会を始めます! 

2022年3月〜8月末日までにご応募いただいた作品が対象です。今回も編集部員が全ての応募作品を読み、その中から推したい作品を挙げ、その作品を複数の部員で読む、という選考形式をとっています。今回の選考は、受付最終月に応募が集中したため、編集部員が作品を読む時間を鑑み、この時期の座談会公開となりました。今後も投稿状況に応じて、座談会公開の時期も調整させていただければと思います。予定はTwitter等にてお知らせいたします。

では早速、Uさんからお願いします!(以下、①タイトル②著者③キャッチコピー)

 

 ①残念な女は今日も ②青瀬 瓜  ③真の残念な女とは? 心と向き合う10日間。

とにかく、ツイていない29歳のOLが主人公です。彼女のついていない10日間とその間に起こるちょっとした事件とその顚末が、淡々と描かれていくのですが、不思議な読みやすさと面白さがあって、ぜひ座談会に上げたいと思いました。読後感が良いのも推したいポイントです。読んだ後に初投稿と知って、驚きました! さらに、初投稿にもかかわらず、この方は今回の応募期間でなんと別々の作品を3作も送ってくださっています!! メフィスト賞受賞に推すには、エンタメ度が不足しているようにも思ったのですが、座談会に上げずにはいられなかった作品です。いかがでしたでしょうか? 

 

 この作品は冥さんと、海も読ませていただきました。冥さんから先に、いかがでしたでしょうか。

 

冥 一読して、センスがある!と感じました。初投稿とは思えない筆運びで、人物の特徴も、物語の展開も、頭にすっと入ってきました。普段は物静かな社会科の先生が感情をむき出しにするシーンなど、人物の輪郭をはっきりとさせるようなエピソード、シーンを作るのが、そして描くのが上手な方だなあ、とも感じました。自己評価は高くなさそうな、自分のことをだめな私だと思っていそうな語り手の半生記だと思って読み進めているうちに、それまでの人生で、たくさんの彼氏もいるし、周りにあんまり左右されないような考えももっているし、あれ、じつは自己評価がとても高い語り手が、自分をさげすむかのように見せながら、「レペゼン私」をしている話なのかもしれない、という風にも(勝手に)読めて、面白い!と思いました。小説を書くことに関するセンスをびしばし感じましたので、これからも書き続けてほしいです。 

 

 私はこの作品、かなり好みでした! とりとめのない日常をこんなにも読ませられるとは! 素晴らしい文章力だと思いました。日々社会で生きている中で自分が不運だと感じる瞬間、またそれに伴う生活や社会に対する微妙な違和感、過去の経験の回想の描写で全体が構成され、どれも私自身も経験したことがあるシチュエーションかつ気持ちのように思えました。展開が無いことがこの作品の長所だと思うのですが、とはいえ私はこの主人公と相性が良かった(設定として近しかった)ということも大きいのかもしれません。エンタメ作品としては、そうではない人にどう読ませるかというところを、今後ご執筆される際には考えていただけたらと思います。

 

N 自分の身の回りで起きた出来事とその感情を、客観的に書くことに長けているなと思いました。たとえば「車の座席を取り替えてタクシーみたいになったからやめた」や教師とのディスコミュ二ケーションのエピソードなど。読んでいると、自分の身に置き換えて胸が痛くなることばかりで、逆に励まされました。ただ心理描写の際、「思い出す」という形で回想で繰り返し語られる手法が、少し安易になってしまっているので、そこはまだ書き慣れてなさがあるのかもしれません。でももっとたくさん書いていけば、どんどんうまくなると思います。ラストもいいのですが、もっと飛び抜けたオリジナリティがほしい。ぜひまた投稿してください! 

 

天 うまい。しかし何も起こらない。エピソードを「描く」ことに関しては文句なしなのですが、みなが感じる心の中にあるものを言語化しただけで終わってしまっているように思います。その感情をどこに持っていきたいのか、物語の始まりと終わりで何が変化し、何が変わらないのか、は、純文学作品だとしても重要視される部分かと思います。派手な事件を起こす必要はないので、ささいなことを大きく描ける貴重な筆力を、もっともっと活かしてほしいです。たくさんの魅力的な横軸(エピソード)があるのですが、それらが縦軸(ストーリー)とつながっていないような印象を受けるので、たとえば第2章で「残念な男」を描き、第3章でふたりを出逢わせるなど、結果として何も起こらなくとも、視点人物にとっての転機となるような出来事を起こすことはできたのではないかと思います。また、せっかくここまで書けるのだから、さらにもう一歩、内面を深く描いていただいてもいいのかもしれない、と思いました。全体を同じくらいの濃度で描くのではなく、「書くところ」と「書かないところ」を決めて、読者にも伝わるくらい濃淡、分量にメリハリをつけていただけたらと。この作品をメフィスト賞に送っていただけたことはとても嬉しいです。楽しく読ませていただきました。今後も期待大です。 他人から見れば小さなことだけれど、本人にとって大事件! という題材をどう小説にするか、「群像」12月号を読むとヒントがもらえるかもしれません。

 

海 では次の作品、Uさんお願いいたします!

 

U ①あなたの化けの『ガワ』を剝がしてあげましょう ②和田真宙 ③みんな大好きなVtuber×百合×サイバーパンク×ミステリー全部盛り

まさにキャッチコピーの要素がてんこ盛りされた、連作ミステリです。自作の宣伝のためにバーチャルライバーになった売れない女子大生ミステリ作家が主人公です。彼女に相談を持ち込む依頼人たちを救うため、主人公は仮想と現実両方の世界で調査を開始するーー! というストーリー。 旬のネタを軽やかにミステリに仕立てているところがとても好ましく、最後まで印象に残った作品です。連作なのでどうしても謎が小粒になっていることと、VR空間の自由度がやや作者に都合がよい点で、メフィスト賞受賞作までは推せないのですが……! プロフィールから、これまでにすでに色々書いて投稿されている方なのだとわかるのですが、そもそも、ご本人はVtuberや百合がお好きなのだろうか……?という疑問を感じました。ネタは面白いはずなのに、そこへの愛情が小説からは振り切れて感じられず、この方にはもっともっと合うネタがある気がしています。

 

土 Vtuberのことは詳しくないのですが、面白く読ませてもらいました。自分がこれから挙げる『クイーンと殺人とアリス』とも近い雰囲気がありましたが、ミステリ×アイドルという題材は、投稿する人になじみのある(想像しやすい)設定なのかもしれませんね。主人公のセルフツッコミがきちんとエンタメになっていて、お母さんの役どころもナイス! でした。もっとお母さんに活躍してほしいです。展開的には、ラストの事件(対決)が急いで書いてしまっている感じなのがもったいないと思いました。伏線は張ってありましたが、せっかくの大団円なんだから、その分の仕込みをもう少し丁寧に、「友情」の脆さやそこへの渇望をうまく書いてくれたらもう一段階読み味が深くなったと思いました。きっと量産できる書き手でいらっしゃると思いますので、今後は一作一作を丁寧に作っていただけたらと思います。

 

N Vライバーという登場人物やバーチャルな世界を舞台にしているところが面白く、一気に読みました。どんな方が書かれているのか、興味を持ちました! ただ、Uさんが言っていたように、描かれているアイディアはやや小粒で、ミステリとして評価するのは難しいかもしれません。匿名性を利用したラストのオチも、もっと動機も含めて衝撃的に描いた方が面白くなったかもしれません! でもこの方、小説の書き出しがとてもお上手です。主人公のやや屈折した、流れるような心情描写がキャラクターを際立てていて魅力的です。グッと引き込む冒頭が書けるのはとても大事ですね。 

 

天 たいへん面白かったです。センスもあり、バランス感覚もあり、すでに出版されていてもおかしくないクオリティだ、と思いました。キャラクター、各話の構成、謎と真相、無駄のない文章、どれもウェルメイドです。地の文の使い方もうまいと思いました。どれか一つでも突出した点があれば受賞作に推したと思います。キャラクター(セリフ/外見)、構成(主人公にとっての転機/話をまたぐ仕掛け)、謎と真相(より魅力的な謎と真相、真相解明と同時に訪れる感動)、文章(主人公orゲストに魅力を感じさせるための描写)など、まだまだやれるところがありそうです。「まとめること/きれいに落とすこと」、に加えて、「はみ出すこと/わざと過剰に描く部分」を意識してはいかがでしょうか? デビューされた場合、2作目、3作目と、ご自身の作家性をどう発揮していくか、を考えていただけたらと。書店に行ってみるのもおすすめです。デビュー後はすべての単行本がライバルです。初版10万部の有名な作家の新刊の隣に並べられた時、それでも自分の本を選んでもらうためには、何ができるか、どんな人が自分の本を手に取ってくれるか、カートに入れてくれるか、夢想してみるのはいかがでしょう。魅力的な書き手だと思いますので、ぜひぜひもう一度、ご応募いただきたいです。 

 

海 では続けて、Nさんよりお願いいたします!

 

N ①法人類学研究室の研究ノート ②神浦七床 ③僕はまだ過去に囚われているだけなのだろうか

筆致や物語運び、キャラクターの配置にセンスを感じたので、座談会に上げました! 魅力的な事件を描きながら、心理ドラマを描き出す力量もお見事です。ただ足りないところもまだ多いので、これで受賞は難しいですが……、他にどんなものを書かれているのか知りたいので、ご連絡したいと思っています! 法人類学研究室に配属された主人公の青年、大学3年生の印西が、殺人犯と噂のある講師の空城と共に、法人類学の知識にまつわる事件に関わり、自分の過去や自分にとっての法人類学に向き合う物語です。4章構成で、各話にアイディアがきちんとあり、最後に全体の謎が解決する連作短編の構成もテーマの描き方含めて上手に着地しているなと思いました。Uさん、天さんどうだったでしょうか? 

 

U 面白かったです!! 構成もキャラクター造型もキャラ配置もネタも、安定していて実直。エンタメの基礎ができているので、後から筆者のお若い年齢を知って驚きました。細かいエピソードや知識の入れ込み方もバランスがよくて読みやすいです。文章はまだまだ磨けるし、この方の文体をぜひ摑んでほしいなと思います。登場人物も、もう一工夫したらより"この小説ならでは"にできるように思います。例えば、特技や外見、振る舞い、信念など、加えても良いのではないでしょうか。さらにさらに欲を言うのなら、読者を煽るような文章が欲しいです。節や章の終わりで、「えっ⁉ 次はどうなるの⁉」と読み手に思わせるような、次に引っ張る工夫を考えてみてほしいです。今は、その節を締めるところで止まってしまっているので、面白いので余計に「煽ってください!」と思わされました。 

 

天 このボリュームでよくまとまっていると思いましたが、それぞれの謎が小さく感じました。人物の魅力とストーリー展開は及第点です。しかし突き抜ける面白さがない。この小説を読むときに自分がいちばん楽しみに読み進めたのは法人類学の「知識」の部分でした。よく調べられており、しかも読者に対してわかりやすく伝えられているのですが、それが物語につながっていないように感じました。エンタメ小説の中心は人間、もしくは、出来事かと思います。「断章」と真相が魅力に欠けており、あっと驚く出来事で読者をもてなすタイプの書き手ではなさそうです。主要登場人物の魅力を増したり、主要登場人物に強い欲求(動機)を持たせてみてはいかがでしょうか? 事件が解決して真相が明らかになることよりも、その真相が明らかになったことで立ち上がる人間の感情で読者を惹きつけるために、紙幅を費やしていただきたいです。現状のままでも、ドラマ化して、感情面を役者の方に増幅してもらうことはできそうですが、まずは小説で! 五十嵐律人さん、須藤古都離さんに続き、「法」ものが流行っている……?

 

N 足りないと思っている大きなところは、「このような小説はすでに世の中にたくさん刊行されている」というところです。この作者オリジナルの突き抜けたポイントを作れるかどうか、が大きな課題だと思います。他の座談会に残った全ての作品にも通じて思ったことでもありますね。 

 

海 では次に、土さんお願いいたします。

 

 ①クイーンと殺人とアリス ②金子玲介 ③クイズ×アイドル×孤島ミステリ

クイズ番組で優勝できなかった二人の女の子が、孤島で開催される新時代のクイズアイドルオーディションに参加し殺人事件に巻き込まれるも解決するという物語です。キャッチコピー通りの作品なのですが、これらを効果的に使っているのがとても素晴らしいです。「この作品ってどういう内容なの」を一言で伝えることができ、読者の期待を裏切らないというのはそれだけで才能を感じます。また、ミステリ愛がありながら、エンタメを届けようという意識がしっかりと感じられたのも良かったです。ミステリコアファン的にはライトな感じがしてしまうかもしれませんが、映像化のイメージがわいてきます! ぜひご連絡させていただきたいです。

 

巳 事件が起きるまでの前半が長く感じました。また視点人物が二人いるためわかりづらく、散漫になった印象です。クイズ研究会の二人が早押しクイズでボタンを押すタイミングなどから疑惑を抱く点などは、興味深く面白かったです。また情景描写に繊細な魅力があると思いました。ただ、同一人物の台詞の間に発話者の観察や考えを挿入するという手法は、ト書きのようだし、作品に入り込むのを阻害していると感じました。絶対に勝てる試合に負けたクイズ研究会の二人が、不正を暴いていく物語にするなどの方が、殺人を絡ませるよりもキャラクターも活かせたのでは? と思いました。 

 

N フェイクの事件が起きて、その後に本当の事件が起きて、ラストに実はもう一つの殺人事件が起きていた……という練られた展開がとても面白かったです。一番のウィークポイントは、最初の事件が起きるまでが長いところなんです。140ページのうちのやっと半分のところで事件が起きるので、書き上がったあとで、ペース配分を考えて全体的に余計なところを削れたのではないかと思います。今回読んだ他の投稿作品にも共通していますが、「物語にあったページ数」を意識することも大切です。書き上がったあとに客観的に見直してもらえると、より良くなるかもしれません。キャラクターも魅力的ですし、私が座談会で読んだ中で比較すると、一番バランスが良いなと感じたのがこの作品でした。伏線を冒頭で仕掛けて、ラストでちゃんと回収するセンスがピカイチでした。事件自体の動機は、もう少し練った方が良かったかもしれません。 

 

天 冒頭からどんどん読まされて、気づいたら最後まで辿り着いていました。クイズ、アイドル、ミステリと欲張って、見事成功していると思います。事件が起こるのが遅い、クイズパートが長い、「犯人」の動機に工夫がない、推理を披露されたあとの登場人物の反応に違和感を感じる、キャラクターが立っているようで皆似ている……など、修正できる部分はあるかと思いますが、直せるものだと思いました。この作家に惚れ込む方がいたら、受賞作にしてもいいのではないか、と思ったほど、「書ける人だ」と思いました。

 

土 キャラが似通っているという指摘はその通りだと思うのですが、それは編集者が関わることで著者に意識を変えてもらうことはできるものでしょうか? 

 

天 全面改稿にはなると思いますが、できると思います。どんな人? 休みは何をしてるの? 財布の中には何が入ってる? 歩くの早い? 遅い? 一緒にファミレス行ったら何を食べる? それはなぜ? などなど、質問を重ねていけば、輪郭がくっきりしてくるかもしれません。アプリゲームのキャラ表や呼称表のようなものをお見せして、これを(できるだけ被らないように)埋めてみてください、とお願いするのでも。

 

土 それはデビュー後の著者との打ち合わせでも当てはまる話ですね。「なんでそう行動するの?」だったり、「なんでそのトピックなの?」という問いかけに著者が立ち止まり考える作業は、本として完成した時に、読者の「この先どうなる?」というワクワク感を高めるものになると思います。 

 

 この作家の魅力は、流れるような文章と、ミステリ(ロジック)が書けること、の2点かと思います。クイズをしているときの登場人物の「呼吸」が、描けている。若者たちのセリフにも違和感がなく、リラックスしてキーボードを叩けているように思いました。プロットを作った後は、アクセルを気持ちよく踏んで書ける人なのではないでしょうか。穴も少なかったので、推敲もきっちりされているように感じました。 

 

海 続いて巳さん、お願いいたします。

 

巳 ①殺人館の不死鳥 ②城内七月 ③孤島×館×人外。連続殺人の最初の被害者は、不死鳥でした

特殊設定ミステリと言って良いと思います。孤島×館×首なし死体という事件の始まりから、辿り着くところは想像とはちょっと違う。熱を感じる作品です。読者へのサービス精神を感じて好もしいと思いました。文章は力が入りすぎているというか、少々くどく感じられました。同じことを言葉を変えて重ねている箇所などを整理していくと、読みやすくなって、どんどんページを捲る助けになると思います。 

 

N これはいろんな意味で、今回一番の問題作ですよ!!!! 

 

土 前作(『そして人類はいなくなった』「メフィスト」2020 VOL.3座談会掲載)も拝読し、気になる著者だったので拝読しました。時間も場所もスケールが大きく、前作と読み比べてみると、著者の好きな方向性でパワーアップしていると思いました。表と裏という構成なので、どうしても種明かし、ひっくり返しに重複が必要になると思うのですが、それは果たしてこの物語に効果的だったのでしょうか? ミステリは「読者を騙す、驚かせる」ことが一番の目的ではないと思うのですが、今作はそこに力が入りすぎているようにも思いました。そして、常軌を逸しているキャラクターが舞台を用意して、その人のルールで登場人物たちが右往左往するのはややお腹がいっぱいというか、もう少しルールの設定者にも感情移入させることができたのではないかと思いました。驚かせることを主眼としてしまっているからか、不死身のキャラクターが恋心を抱く相手を曖昧に描いてしまっていて、「なんでその人にそこまでの思い入れが? 何百年も生きていたのであれば、もう少し他にいい相手がいたのでは?」という素朴な疑問が生まれてしまいました。あとは、色々なギミックを仕込んでくれていますが、多くのものは動く時に「音が鳴る」んですよね。そこの意識がやや薄いように感じました。部屋は防音でも他の場所では聞こえるはずなのに、聞こえていないような描写が多かったように思います。それでいうと前作のキーワードがルンバだとしたら、今回はケルヒャーと言いたいです(笑)。 

 

N 私はこの作品、全員に読んでほしい……です。面白いですし、前作よりもキラッと光るポイントもたくさんあります。……ですが、トリックもミステリへの思いも詰め込み過ぎてしまっていて、長くなりすぎてしまったようです。3作品分くらいは、余裕で書けるくらいのネタがこれでもかと詰め込まれています。200%注ぎ込んだ気合は感じます。私が「やられた!」と思ったところは、×回殺されていたという驚きでした(補強する論拠がやや脆弱かもしれませんが)。「不死」をモチーフにした作品の中で、「死んだとしても生まれ変わるかどうかはわからない」という悲哀の描き方に、彼女の孤独さが出ていて……つい涙ぐんでしまいました。事件が動き出して物語を把握するのが、やっと90ページあたり。これは流石に長すぎますね。盛り沢山の仕掛けに加えて、ふたりの視点で描くW視点は、「やりたかった面白さ」はわかるのですが、長くなってしまうのは必然かもしれません。「死者なき連続殺人」というとっても魅力的なモチーフがあるので、半分の量に他のアイディアを取捨選択できたらよかった。牢屋のトリックやピアノ線の二重トリックなど、物理トリックも満載。足りていない部分も多いはずなのに、ずっとこの作品のことが頭から離れないんです……そこが問題作だとお伝えした理由です。 

 

天 冒頭の思わせぶりな文体は魅力的でしたが、本文が始まってからは会話文が軽く芝居がかっており、「これから何かすごいことが起こるのでは?」という期待と文体がチグハグになっている印象を受けました。また思わせぶりな地の文が多いのですが、淡々とシンプルな文章で進めた方が凄みが出るのではないかと思います。読者はすでに知っているけれど、登場人物が知らない情報については、二度説明せずに省略できればなお良いです(事態の異常っぷりを示すための鸚鵡返しが多いです)。館の図面はワクワクしました。小さなミスもあり、ドラマももう少しほしく……しかし、こんなに長いのに、必要なのは削る改稿ではなく、足す改稿、だと思います。50枚削って100枚足すような。いろいろ書きましたが、巳さんが書かれているサービス精神に、僕も圧倒されました。長いですが、わかりすい図版や魅力的な謎、外連を入れて飽きさせないように努力されたことが伝わります。作者の熱意がどんどん読者の中に注ぎ込まれていって、溢れてもまだ注がれて、最後に読み手が、作者の熱に溶かされて終わります。過剰なミステリオマージュの連発にただならぬ愛情も感じました。改稿に時間がかかるかもしれませんが、この人に、メフィスト賞以外でデビューしてほしくない、と思います。 

 

海 続けて巳さん、お願いいたします。

 

巳 ①ビットビビットワットダニット・バイブルバイラスワンダーランド ②遠藤歌う ③ようこそ、鮮烈な異世界へ

文章がチャーミングでするすると読めてしまうミステリです。半分までが出題編、後半が解答編と言って良いのかな、と思います。出題編では、6人の探偵と1人の探偵助手が拉致され、孤島の館に監禁されます。出入り口がなく外部との連絡も取れない中、探偵が一人ずつ殺されていきます。犯人はこの中にいるのか? それとも謎のメッセージを残した招待者がどこかに潜んでいるのか? 後半は、出題編がプリントされた紙束が息子に届いた会社員が主人公。プリントアウトを読んで不審に思っていると、出題編が現実になったと思しき事件が起こり、息子と同じ年齢の飲み友達の力を借りて真相に迫っていきます。文章とエンタテインメントとしての軽快さに魅力を感じました。前後編に分かれていますが、前回の投稿作とは違い連作ではなく、二つに分けた意味と工夫がある点も良いと思います。気になるのは、病気や障がいを気軽な設定として作品に組み込んでいるように思える点です。読者にどんなメッセージを送っているのか、一考していただけたらと思います。  

 

冥 メフィスト賞という新人賞からイメージされる作品、という集合があるとすれば、その真ん中あたりに位置づけられる応募作だなあと思いました。冒頭に置かれた挑戦状、クローズドサークルに集められた名探偵たち、連続殺人、不可解な謎、そして、反転が起こって、いったい何が起こっているの(いたの)でしょうか?の謎解きがあって、と、盛り沢山で、リーダビリティがとても高かったです。長さもちょうどよく、一気に読めました。ストーリーを作り、それを展開させるセンスを感じましたので、また応募をしてほしいです。 

 

N 前作の『英雄病』(2022年上期座談会掲載)も読みましたが、同じ方とは思えない作風の違いを感じました。メフィスト好きの方なのだと嬉しくなりました。全体的にうまく掌の中でまとまってしまっていて、最後に驚けなかったのが残念です。良かったところは、過剰なフィクション性でも受け入れるミステリを、逆手に取った皮肉なところです。しびれました。 

 

天 「読者への挑戦状」……というか「読者への挑戦的なお手紙」が入っていて好もしいです。この方もミステリがしっかり書ける貴重な才能だな、と思いました。『殺人館の不死鳥』の作者は往年の新本格が、この方は西尾維新さん以降の新本格が特にお好きなのかな、とも思いました。キャラクターの名前や会話、造形、地の文の傍点、最後のページのエンドマークなどなど、講談社BOXができた頃を思い出します。冒頭の夜伽の誘いのセリフや二重人格、高次脳機能障害などの描き方に看過し難い部分があり、受賞まではあと一歩、かと思いました。原稿上で修正することはできますが、どのような意図を持ち、どのような意識でこれらの題材を扱われているのかをお聞きしてみたいです。探偵に個性を与えるために特殊な能力を付与するのはいいことだと思いますが、著者がその人物に対してどこまで責任を取るつもりで書いているのかが伝わらないと、不快に思われてしまうこともあるかと思います。すべては著者の「表現の自由」ですが、われわれ出版社は著者をできる限り守りたいので、そのご相談ができる方なのかどうかが気になります。『英雄病』を読んだわれわれからのお願いを受け止めてくださって、よく短い時間でここまでまとめてくださったな、と驚きました。「こうしてほしい」と言われてもすぐに対応するのはとても難しいことだと思うので、今後の成長が楽しみです。今回ミステリの枠の中で新たな挑戦をされているような気がしますが、その枠を飛び出て書いていただくのも良いのではないか、と思います。学園もの、恋愛もの、余命もの、ファンタジー、寓話などを、ミステリの手法で著していただけたら、突き抜けるものができるのではないか、と思いました。『英雄病』と今作をくっつけたような作品があれば、最高です。

 

海 先に進んで、『キラーB』冥さんよりお願いいたします!

 

冥 ①キラーB ②才川真澄 ③『最強の捕食者』スズメバチ・クローズドサークル

昆虫学者の卵である主人公が、友人に誘われて、ペンションに。ローヤルゼリーの特有物質であるR成分を解析した!とペンションの主が主張しているので、興味があったんですね、それが本当かどうか。で、そのペンションの中で、連続殺人事件が起こります。スズメバチにも襲撃され、大騒ぎ。それを探偵役である、主人公の友人が解決する。という話です。とても上手に書かれているので、読み始めてすぐに小説世界に引きずり込まれました。続きが気になる! と思わせられ、最後まで一気に読めました。最後の展開には、読者を楽しませよう! というサービス精神すら感じました。

 

巳 殺人蜂に館を囲まれることで作られるいわば「蜂密室」というのが興味を引きました。ただそれが綿密に計算されて形成された「蜂密室」ではなく、偶然の産物。参加者も誰かの意図によって集められた感じが薄かったのが残念です。主人公の友人の「探偵体質」というのが、物語からは伝わってこず、また主人公の研究が事件解決につながるわけではないなど、惹かれる要素は多いのにそれぞれが別々で一つずつが小さく感じました。要素は足りているのに物語が不足している感じです。犯人隠秘に関する登場人物たちの倫理観には、少々疑問を感じました。 


N 冥さんのいうとおり、読みやすく最後までストレスなく読めました。ですが、「蜂密室」というアイディアを、もっと生かせていたら、より面白くなったのではと思ってしまいます。 

 

天 プロットが先行していて、何を一番読ませたいのか、どこで勝負したいのか、が著者の中で決めきれていないように感じました。バランスよく、成立はしているのですが、それだけではなく、突き抜けたものがほしいです。1作家1ジャンル、のメフィスト賞では、既視感やバランスの良さが弱点になってしまうこともあります。人物の行動にリアリティ(納得感を持って読み進められる信念)がないように感じられ、それがロジックやドラマの弱さにつながっているように思います。作者は人生経験が豊富な方かと思いますので、「こういう行動をとらせたいからこういう性格にしよう」ではなく、人物が動きたがる方向を邪魔せずに追いかけてみると、読者にとって思わぬ展開となり、作品に無二の個性が生まれると思います。事件や舞台の偶然性は排除し、人物の偶然の行動は邪魔しない、ということができれば……。 

 

海 次にUさん、お願いいたします!

 

 ①神使の下僕 鼬と女と瓶詰と ②(著者名無) ③地球を救え! 猫を助けろ! 壮大な使命に立ち向かう神使の下僕の冒険奇譚

20歳を迎える雄猫・まくらが、死の直前に、猫の神々によって「神使の下僕」にさせられて猫又として復活する。復活の代償は、飼い主・飯綱(イヅナ)の命で、猫と世界を守るため、猫のまくらといろんな動物が妖に挑む「猫×ファンタジー」です。 この方は、まだまだ小説の文章を書きなれていない印象です。ですが、平易な文体と率直な感情描写はすでにこの方の武器として輝いていますし、なによりも私はまずアイディアに感激しました! どんな装丁にして、どんなキャッチコピーにするかが浮かんできます。それに、この方が描く猫の可愛らしさといったら……! 猫飼いは「そうそう!」と肯かざるを得ません。企画力にも脱帽です! 

 

天 作者の中できちんと作られた設定を、読者に説明し切らず読ませるところが素晴らしかったです。作者が知っていることと、登場人物が知っていること、その間を読者が楽しむことができる作品だと思いました。テンポもよく、猫も個性豊かで、キャラクター小説としての魅力がたっぷりなのですが、扱う事件が果たしてこれで良いのか、と疑問に思いました。猫というオブラートに包むことで、社会の闇、許し難い犯罪を、より的確に描く、という試みかもしれませんが、うまくいっているとは言えないように思います。まくらと飯綱の世界は魅力的なので、事件の内容は日常の謎にしてその解決方法を鮮やかにしてみせるとか、人情(猫情?)に寄せたドラマを描くとか、他の可能性を検討してもよかったかもしれません。また事件の内容は「猫を救う」というミッションと合っていないようにも思いました。この魅力的な設定を最大限に活かす事件を用意して、そこで読者の心を摑んだあとに、凄惨な事件、社会的な事件へとつなげていくと、読者もついていきやすいのではないでしょうか。 しかし続きが気になるし、まだ読みたいぞ、と思いました。素晴らしいストーリーテラーです! 

 

U ありがとうございます! 天さんが仰るように、猫とストーリーとの食い合わせがもっと良くなると良いのですが……。猫の魅力が一番際立つ物語をぜひ考えてみていただきたいです。 

 

 ①それはまるで三月の、 ②朽内 秋穂 ③「こころ」こそ最大の謎(ミステリー)。隠遁の果てに自殺したマンガ家・樫野三月。その理由を求めて、ぼくたちは「黄金時代」に集まった

「十年前に交流があった商業マンガ家が自殺した理由が、打ち切りとなった作品『黄金時代』内に隠されているらしい」という情報を受け、彼の家に集った旧友3人。『黄金時代』は、小学校時代、マンガ誌をともにつくる仲間であった彼らの中学生以降の関係性が反映された作品でーーというお話です。ちょっと陰のある青春小説で、作品の雰囲気がとても好みでした。この著者は日本ラブストーリー大賞の最終候補、すばる文学賞第3次予選通過、太宰治賞2次選考通過という経歴をお持ちとのこと。今回の応募作品も、短くはないボリュームだったのですが、文章がお上手で、ストレスなく読める作品でした。ただ、お話の中心に魅力的な謎があるので、それを目指して読み進めたのですが、意外とラストが着地しなかった感があり、物足りなさを感じてしまいました。読んでくださったUさんいかがでしたでしょうか?

 

U 本編の内容とは関係ないですが、まず、応募原稿のレイアウトが圧倒的に美しくて読みやすかったです。読み手の存在や眼差しを意識できるのはこの方の強みだと思います。タイトル付けにも表れているように、すごく魅力的な言葉のセンスの持ち主ですよね! 一方で、前半は比喩表現がやや過剰で、それがかえって、この物語がどこに進むかわかりづらくしているように感じました。視点が変わることもわかりづらさを増しています。主人公の恋愛パートになると途端にシンプルに、読ませる小説になるので、ここが特に書き手の方の思い入れが強いパートなのかなと感じました。ですが、片方が未成年でのこの恋愛描写については、美談として肯定できないですし、著者の考えをお聞きしたいなと思いました。 成人側が未成年から好意を抱かれてその想いに応えるとしても、越えてはならない一線がありますし、それを越えないからこそ守られるキャラクター性があると思うので……。 

 

海 「倫理的に問題がある」と言われるような設定って、小説内でどこまで許容されるのでしょうか?

 

天 この題材はダメ、ということはあまりないと思います。その題材をどう描くか、文脈がすべてではないかと。作品評とは別の話になりますが、個人的には、不幸な境遇にある人物をたくさん登場させて、酷い目にあわせて、「社会派だ」「現代の問題を描いている」という作品は、嫌いです。 

 

巳 「倫理的に問題がある」ことをテーマに小説を書こうとすれば、問題があるシーンを避けて通れませんし、書いてはいけないことはないと思います。そういうテーマで書くのだ、読んでもらうのだという覚悟の問題ではないでしょうか。その使い方や「消費」の仕方には、書き手の価値観が出るものだと思います。もしも大切な部分が欠如しているなら、その作品を高く評価するのは難しいかもしれません。 

 

海 著者ご自身が、その作品を当事者である方に読んでもらっても差し支えがないと思えるかどうか、というところが大きいのかもしれませんね。 


N 私が気になったのは、最初から作者がラストを考えて書いていたのかどうか、です。もしかすると、当初予定していたストーリーからどんどん脱線していって(もちろんそれでもいいのですが)、誰が主人公なのか、誰の人生を掘り下げるものなのか、最後に収拾がつかなくなり、「どんな物語なのか」が行方不明になってしまったのではないでしょうか。「僕」が主人公なのかと思いきや、ほぼ物語の中心は一人の女性の恋愛事情になり、当初掲げられていた「彼の自死の秘密」という謎めいた核がおざなりになってしまったのが残念です。また、この方の癖だと思いますが、文章の中で「それ」「そうした」「その」といった語句が多い上に、核心に触れない遠回しな展開のため、著者の「物語を謎めかせたい」という思いがかえって作品を全体的にぼんやりとさせてしまっている原因に。書き終えた後に、何が書きたかったのか、一回整理してみるといいかもしれません。 

 

天 全体をまんべんなく丁寧に描写されていることで、テンポが遅くなっており、読む時間が長くなった結果、ラストの真相に物足りなさを感じてしまう。それぞれのパートにどのくらいの尺を割いているか、客観的に把握し、取捨選択をするのもいいかもしれません。まず各話・各節で読者に伝えたいと思うことを箇条書きにして、隣に費やした枚数を書きます。次に大事な順に番号を振っていき、大事ではない節を思い切って削ったり、節と節を結合して重複を省いたり、長いと感じる枚数を削ります。その結果、一番伝えたいことと、そこに辿り着くために必要なパートの割合が、原稿全体に対して一番多くなっていれば、構成が整理されたということだと思います。そして最後に、大事な話・節をより輝かせるために、加筆をしてみるのはいかがでしょう。あまり機械的にやると、よくある展開になったり無機質な作品になったりするので、こだわりは残しながら、試してみていただきたいです。いい文章を書かれる方なので、エンタメでデビューされる場合は作品を俯瞰して整理すると、さらによくなるのではないか、と思いました。 

 

 あんな過去があったら、冒頭であんなに和やかに会えてないだろう……と最後に思ったので、おそらく作者も最初から結末を想像せずに書いていたのかもしれないな、と思いました。 


海 ここまでで、座談会に上がった作品は以上になります。今回は神浦七床さんと金子玲介さんにご連絡、ですね!


天 今回どれも面白すぎて、メフィスト賞3つくらい出ちゃうんじゃないかと思っていました……。残念。次こそは……!


海 座談会は以上となります。あらためて、たくさんのご応募を本当にありがとうございました! どの作品も、本当に楽しく読ませていただいております。引き続き、文芸第三出版部は新しい才能をお待ちしています!

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