『ノーライフキング』いとうせいこう/ゲームは終わらない(岩倉文也)

文字数 2,184文字

次に読む本を教えてくれる書評連載『読書標識』。

月曜更新担当は作家の岩倉文也さんです。

今回はいとうせいこう『ノーライフキング』をご紹介していただきました!

書き手:岩倉文也

詩人。1998年福島生まれ。2017年、毎日歌壇賞の最優秀作品に選出。2018年「ユリイカの新人」受賞。また、同年『詩と思想』読者投稿欄最優秀作品にも選出される。代表作に『傾いた夜空の下で』(青土社)、『あの夏ぼくは天使を見た』(KADOKAWA)等。

Twitter:@fumiya_iwakura

ぼくは中学生の時に人からもらった手紙をすべて鍵付きの引き出しに入れて保管している。実家に帰省した折などは必ずそれを丹念に読み返し、自分の現在位置を確かめる。


中学時代まで、ぼくは「まとも」だった。詩も書いてはいなかったし、不登校でもなかった。だから、その当時にもらった手紙に書かれている他者からのぼくの印象は、「ありうべきぼく」「ありえたかもしれないぼく」として、現在の自分を知る鏡となる。


ぼくは不安なのだ。ぼくのリアルがどこにあるのか、いまだによくわからない。詩を書いていても、それは岩倉文也が感じていることなのか、それとも「ぼく」が感じていることなのか、時々ごっちゃになって混乱する。自分は「岩倉文也」という名の詩人格をインストールしただけの、空虚な器に過ぎないのではないかと。


ぼくにとって唯一リアルなのは、すべては衰退しいつかは滅び去るという感覚だけ。大切なものは消えてしまうし、いまある景色は残らない。何を信じることはできなくても、それだけは信じることができる。


リアルとは何か? というそんな問いを、ゲームと子供たちとの切実な関係を通して描き出した小説が、今回紹介する『ノーライフキング』である。


本作は、ゲームソフト「ライフキング」が小学生たちの間で空前のブームとなっている八〇年代後半頃の日本が舞台となっている。小学生たちは日夜、独自の情報網によって「ライフキング」の裏技や裏情報の交換を行っていた。そんなある日、小学四年生のまことは、「ライフキング」に異なるバージョン、呪われた「ノーライフキング」があるという噂を耳にする……。


本作に満ちているのは「遊び」の意識だ。より正確に言えば、遊びが遊びではなくなり、いつしか「リアル」に変わってしまう瞬間の、静けさを伴った戦慄だ。それを象徴するのが、少年たちが「葬式ごっこ」に興じる場面である。


捨てられた消しゴムを、死にかけの祖父を、嫌いなクラスメイトの母親を、死人に見立てて少年たちは葬式ごっこを開始する。最初は和気あいあいと葬式の真似を楽しんでいた少年たちだったが、中の一人がふいに泣き出したことをきっかけに状況は一変する。ただ呆気にとられる者、ヒステリーを起こす者、それを必死になだめる者……。


リアルの在り処はいともたやすく変化する。特に子供たちの間にあっては。


最初、単なる噂に過ぎなかった「ノーライフキング」は、徐々にその効力を現実にも及ぼしはじめ、次第にゲームとリアルの境界は崩壊してゆく。校長の突然死、食中毒の出た寿司屋、小学生の自殺。一見無関係のように見えるすべての出来事が、「ノーライフキング」の進行にかかわる重要なイベントとして子供たちの間で意味づけられ、噂を通して全国へと広まってゆく。事実が極端に誇張された形で。


リアルとは、そこにあるものではない。リアルとは作られるものだ。


いま見ている景色がリアルでないのなら、リアルなものがどこにも見出せないのなら、自分で作り出さねばならない。そうして作られた「己にとってのリアル」を足掛かりにしなければ、どんな世界との関係も、またどんな他者との関係も成り立たないとぼくには思えるのだ。

ソトニデテ

一文字一文字が一定のリズムで空白を埋めてゆく。

ミテクダサイ

S-8は、T-8のパーツに行動を要求していた。

そして質問。

リアル

デスカ?

少年たちは深い死の予感におびえながらも、自分たちの信じるリアルである「ノーライフキング」の呪いを解き、大切な人たちを守るために戦っている。


果たして「ノーライフキング」とは何なのか? 子供たちを統べる王は存在するのか? その疑問に本書は最後まで答えない。否、答えることができない。


なぜなら、いまだ「ノーライフキング」は終わってはいないからだ。われわれがあるべきリアルを求め、もがき、大切な何かのために戦いつづける限り、「ノーライフキング」は終わらない。

この指がつないだラインすべてに、ありったけのぼくの情報が残りますように。もう一度、まことは祈った。いつかこの石を開く者がいれば、ぼくの力をすべて与えます。だから、忘れないで、まことを。

祈りを永遠のものにするやり方は、指が知っていた。

もう一度ゆっくりと目を閉じると、まことは右手をキーボードからコード、そしてコンピュータのボディへとはわせた。まことの指がスイッチに触れた。

カチリ。

ゲームは終わらない。本書を開いたとき、そして閉じた後も、われわれの戦いはつづくのである。勇敢な少年たちの、切なる祈りと共に。

『ノーライフキング』いとうせいこう(河出書房新社)
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