ホントにあったウソのような旅行記①/嶺里俊介

文字数 1,873文字

写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

『だいたい本当の奇妙な話』『ちょっと奇妙な怖い話』など、ちょっと不思議で奇妙な日常の謎や、読んだ後にじわじわと怖くなる話で人気の嶺里俊介さんによる、tree書下ろしショートショート連載第2弾スタート!

今回はウソかほんとかわからないふし~ぎな『ホントにあったウソのような旅行記』


第1回の舞台は、スペイン、セゴビアです!

第1話 セゴビア(スペイン)


 学生時代の終わりに、私は仲間とともに4人で海外を旅行した。訪れた国はイギリス、スペイン、アンドラ公国、フランス、イタリア、そしてバチカン市国の6ヵ国になる。卒業旅行としては充分だろう。

 そして異国情緒が溢れる地で、私は何度か刺激的な体験をした。

 今回は、そんな話を綴っていく。


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 セゴビアにあるアルカサル城――それはディズニー映画のモデルになったと言われる『白雪姫の城』だ。おとぎの国にしか存在しない城を、現実世界に垣間見ることができるので、ぜひ体感したい場所だった。

 市街地にある広場の向こうへ道が延びている。目を凝らすと、先に小さな城が覗いていた。馴染みがある建築物だ。


『白雪姫の城』である。


「行くぞ」私は後ろの3人に声をかけた。

 それほど長い通りではない。先へ進むほど、土産物を軒先に並べている店が目立つ。期待に胸を膨らませて歩いていくと、突き当たりは橋だった。下を覗くと急峻な岩肌になっている。

 横から見れば、市街地の脇に岩盤が寄り添っているかたちになる。その上部を短い橋が渡っている。もちろん落ちたらひとたまりもない。


 橋の先、正面に門があった。そこで守衛に入場券――『入城券』だろう――を示して中へ入る。券は隣の窓口で売っている。

 私たちの前に並んでいたのは2人だけだった。が、入城に時間がかかっている。門番――守衛だろうか――が観光客になにやら話しかけているが、スペイン語なので分からない。ようやく1人が入ったと思いきや、また次の観光客と話を始めている。どうやら全員に話しかけているらしい。


 そんな様子を見ていた守田が眉根を寄せて声を潜めた。

「気をつけろ。腕時計を交換しないかと言ってる」

 思わず自分の時計を一瞥する。セイコーのタイプⅡ。成績が上がったときに父からプレゼントされたものだ。気軽に手放せる品ではない。


 すでに守田は腕時計を外していた。守衛は腕時計をしていない守田の腕を見て取ると、入城を促した。

次は私の番である。しかし腕時計を外しそびれてしまった。


 早速守衛がスペイン語で話しかけてくる。自分の腕時計を示してなにか言っている。次いで私の腕時計を指さし、見せてくれとジェスチャーする。


「セイコー!」

 日本のブランドに詳しいようだ。


 彼は自分の腕時計と私の腕時計を交互に指さし、交換しようとジェスチャーする。さらに腕時計を外せと私に迫ってきた。


 冗談ではない。記念の腕時計を異国のノーブランドと取り替える謂われはない。私は激しくかぶりを振った。


 守衛室の脇に段ボールの箱が置いてある。観光客と交換したらしい腕時計と、玩具のような腕時計がいくつも覗いている。後者は、彼が腕に嵌めているものと同じだった。


 こんなアルバイトを毎日続けているのか。まさかロレックスなどは釣れないだろうが――いやいや、ファンタジー色が強い、憧れの地を訪れて頭が舞い上がっている観光客なら応じる人がいるのかもしれない。

 だが私は勘弁だ。


「ノー! ノー!」

「セイコー、グッド」


 日本ブランドに執着しているようで、なかなかしつこい。だがこちらも必死だ。腕時計を押さえて声を大きくしたら、ようやく諦めてくれた。これがおとぎの国への通過儀礼なのか。


 不満げに口を尖らせながら、守衛は私を門へと促し、すぐさま後ろの泰丸へと的を変えた。場慣れしている泰丸は袖まくりをして『腕時計なんて持ってないよ』とアピールしている。

 泰丸は難なくチェックを抜けた。


「お前ら、こんなことくらいで戸惑っていたら、インドのタージマハルとか行けないぞ」


 観光地とはいえ、いや観光地だからこそ油断ならないのだと勉強になった。

嶺里俊介(みねさと・しゅんすけ)

1964年、東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒業。NTT(現NTT東日本)入社。退社後、執筆活動に入る。2015年、『星宿る虫』で第19回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、翌16年にデビュー。その他の著書に『走馬灯症候群』『地棲魚』『地霊都市 東京第24特別区』『霊能者たち』『昭和怪談』などがある。

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