ふたつのノスタルジー

文字数 1,136文字

 ミステリーファンの多くが原風景として持っているのは、やはり少年少女を主人公とした物語ではないだろうか。
 自分と同年代かちょっと上くらいの少年少女が、大人顔負けの活躍をする小説やドラマ、マンガに夢中になった人は少なくないだろう。まあ、ほかの人のことはともかく、自分はそうだった。そうしていつのまにかミステリーの密林の奥深くまで迷い込み、帰り道を失ってしまった。別に後悔しているわけではありません。
 昭和四十年代に少年時代を送った自分は、江戸川乱歩の少年探偵団シリーズに夢中になった。このシリーズは今でも簡単に手に入るだろうが、当時同様に楽しく読んだ海外の少年少女ミステリーや国内のジュブナイルなどは入手困難だろうし、そもそも題名も内容も出版社も覚えておらず探しようもない。遠い記憶の中だけの存在となって、かえって郷愁をそそられる。
 少年時代の記憶で関連づけると、印象に残っているものとして戦争体験者の話がある。昭和の後半になっても、出征したり空襲被害にあったりした人が、まだ社会の中心に大勢いた。
 子供のころにそういう人たちから、身体に残る銃弾の痕を見せられたり、機銃掃射されたあとの熱々の薬莢を拾い集めた話などを聴いたりすると、恐ろしいというより、なにか異世界の冒険譚や怪奇譚に通じる興奮を覚えたものだった。
 今やそんな方たちも多くが鬼籍に入り、わずかに残っている人たちの体験談も遠い昔話となった。昭和の時代に聴いたまだ若かった彼らの力強く、生々しい体験談とは趣が異なってきているように感じる。
 そんな自分の懐かしいふたつの記憶を紡ぎあげた物語が『白霧学舎 探偵小説倶楽部』です。
 太平洋戦争末期、田舎の全寮制中学校と女学校の生徒たちが、身近に起きた殺人事件の謎を解く少年少女ミステリー。楽しんで書いたので、楽しんで読んでいただければ幸いです。



岡田秀文(おかだ・ひでふみ)
1963年東京生まれ。明治大学卒業。'99年「見知らぬ侍」で第21回小説推理新人賞を受賞、2001年『本能寺六夜物語』で単行本デビュー。'02年『太閤暗殺』で第5回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。'15年『黒龍荘の惨劇』で第15回本格ミステリ大賞、第68回日本推理作家協会賞の候補に。歴史小説と本格ミステリの両分野で高い評価を得ている。他の著書に『応仁秘譚抄』『足利兄弟』『偽造同盟』『大坂の陣』『戦時大捜査網』『首イラズ』など多数。探偵・月輪の登場するシリーズ作品に『伊藤博文邸の怪事件』『黒龍荘の惨劇』『海妖丸事件』『月輪先生の犯罪捜査学教室』がある。

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