『97歳の悩み相談』/瀬戸内寂聴

文字数 2,637文字

2019年1月、瀬戸内寂聴さんが97歳のときに京都・嵯峨野の寂庵にて行われた特別法話と、WEBで募集した悩み相談を元にした『97歳の悩み相談』が文庫化となりました。

瀬戸内寂聴さんは、2021年11月に99歳でご逝去。

寂聴さんの悩みへの返答はびっくりするほど前向きで、その経験からくる言葉は時には優しく、時には厳しく私たちの心に訴えかけてきます。

そんな『97歳の悩み相談』の「試し読み」をお届けいたします!

撮影/椎野 充

瀬戸内 寂聴(セトウチ ジャクチョウ)

1922年、徳島県生まれ。東京女子大学卒。’57年「女子大生・曲愛玲」で新潮社同人雑誌賞、’61年『田村俊子』で田村俊子賞、’63年『夏の終り』で女流文学賞を受賞。’73年に平泉・中尊寺で得度、法名・寂聴となる(旧名・晴美)。’92年『花に問え』で谷崎潤一郎賞、’96年『白道』で芸術選奨文部大臣賞、2001年『場所』で野間文芸賞、’11年『風景』で泉鏡花文学賞を受賞。’98年『源氏物語』現代語訳を完訳。’06年、文化勲章受章。また、95歳で書き上げた長篇小説『いのち』(本作)が大きな話題になった。近著に『愛することば あなたへ』『命あれば』『97歳の悩み相談 17歳の特別教室』『寂聴 九十七歳の遺言』『はい、さようなら。』『悔いなく生きよう』『笑って生ききる』『愛に始まり、愛に終わる 瀬戸内寂聴108の言葉』『その日まで』など。2021年11月に逝去。

はじめに


 私は今年、97歳になりました。10代のみなさんにとっては、おばあさんのそのまた上の、ひいおばあさんの年ですね。


 あなたたち若い人と、私が10代のころとは、まったく違うと思います。私が若いときには、みなさんがおそらく今、持っているような悩みはありませんでした。


 私は小説家ですから、小説の中ではあなたたちのような若い人のことをさも知ったように書いていますけれど、本当は知らないんです。私には66歳年下の若い秘書がいて、「今の人はそんな言葉は使いません」とか「そんなことはしません」と教えてくれるので、それで何とかやっているのです。


 でも心は若いときから、そんなに変わっていません。それに小説家ですから、想像力があります。だから、みなさんの悩みや考えていることは、ほかの大人よりはわかると思います。


 私は51歳で出家しました。出家というのは、こういうふうに頭を剃って、こんな法衣を着て、尼さんになることです。出家すると、ちょっと普通の人とは違う。いつも仏様がついてくれていますから、みなさんに悩みを聞いて、わからないことは、仏様に相談してお答えします。


 今日はせっかく私のところへ来てくれたのだから、帰るときに「あれも聞けばよかった」「これも言えばよかった」なんて思わないように、何でもここで吐き出していってください。後で後悔することがないようにね。先生に言いつけたりしないから、何でも安心して話してください。


 今日はお母さんたちも付き添いでいらっしゃる。みんな可愛がられているのですね。でもお母さんが一緒にいたら、本当に言いたいことを言えないでしょう。これからは、お母さんは要らないと言って、一人で行動しなさい。そうしないと自由になれませんよ。


 お母さんは自分が若かったときのことを忘れて、あなたたちのことを心配しているんでしょう。でも、親に何も心配させないような子はおもしろくない。若いときは大人に何を言われても、したいことをしなさい。それが若いということです。17歳、18歳のときは、人生でもう二度と来ません。その二度と来ない時間を、悔いのないように生きてください。


 私の17歳のころでもやはり、それは青春と呼ばれていました。女の子は「娘盛り」と呼ばれて、いちばん、可愛らしい魅力の出る年ごろでした。それまでは子どもっぽいしぐさも許されましたが、17歳にもなると、「娘盛りのくせに」と、大人たちの目がきびしくなりました。特に男女の仲については周りの目がきびしくて、親しいふるまいは許されません。


 たとえば道を女学生が歩いていて、向こうから(旧制)中学生の男の子が歩いてくると、双方で互いに顔を背けてすれちがいます。うっかり目を合わせたり、口をきくと、道の両側の家の中から監視しているおばさんたちが見とがめて、その子たちは「あやしい」と噂されます。17歳の男女は、目も合わさないようにしていました。


 こっけいですが、そんなきびしい時代でしたよ。「男女七歳にして席を同じゅうせず」という昔のことわざが生きていました。


 私が18歳のときには戦争が始まって、大変な時代になりました。恋も、おしゃれも、できなくなりました。それでも、今、97年の長い人生をふり返ってみると、あのころが生涯で一番、輝いていた気がします。あのころは、他には何もなかったけれど、夢だけがありました。


 さあ、私のことはこれくらいにして、みなさんの話を聞かせてください。今日はみなさんと年の近い秘書の(瀬尾)まなほも一緒にいるから、みんなで考えていきましょう。


瀬戸内寂聴

撮影/椎野 充

Q 人によく見られたくて、ありのままの自分を出せません。 


 私は、人によく見られたくて、何でもがんばってしまいます。本当は暗くてネガティブな人間なのに、理想が高すぎて、ありのままの自分を出せません。 (17歳・女子)


寂聴 理想が高いのは、とてもいいことです。何でもがんばってしまうのは、きっと好きなことが多すぎるのね。それはあなたに才能がたくさんあるということだから、ちっとも悩まなくていい。でも、その中で自分は何がいちばん好きなのか、順番をつけて、まずひとつを選びましょう。お父さんやお母さんが、この学校に入ったほうが将来出世するよとか、暮らしが楽だよなんて言っても、自分が好きなことでなければ、しなくていい。

「好きなことが才能」です。これをよく覚えておきなさいね。自分が本当に好きなことを続ければ、必ずモノになります。

 人からよく見られようなんて思う必要はありません。笑ってごらんなさい。ほら、ありのままのあなたに、とても魅力がありますよ。だから自信を持って、いちばん好きなことをやりなさい。

 好きなことが才能です。自分に自信を持って、いちばん好きなことをやりなさい。


※この続きは『97歳の悩み相談』(講談社文庫刊)でお読みください!
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