令和探偵小説の進化と進化 「特殊設定ミステリー座談会」! 前編

文字数 4,127文字

魅力的な探偵像と華麗なロジックで、日々進化を続ける「探偵小説」。そこに近年では「特殊設定」と呼ばれるジャンルが活況を呈している。令和のミステリーはどこへ向かうのか。

相沢沙呼青崎有吾今村昌弘斜線堂有紀似鳥鶏――

気鋭の人気ミステリー作家たちに小説現代編集長のKもまざり、「特殊設定」ミステリについて語り明かす!


創刊60年にして初の完売で話題となった「小説現代9月号」に掲載された豪華座談会を3日連続で大公開!!


聞き手・構成:若林 踏

“特殊設定ミステリ”とのファーストコンタクト

若林 いま、国内ミステリにおいて“特殊設定ミステリ”が一つのブームだと言われています。ただ、今までのミステリの歴史においても“特殊設定ミステリ”と呼べるような作品は数多く書かれていますよね。そこでまずは皆さんの読書体験を振り返ってもらって、「初めて手に取った“特殊設定ミステリ”」を教えてください。


青崎 僕の場合は小さい頃に読んだ「名探偵シャーロック・ホームズボン」シリーズ(三田村信行作、黒岩章人絵、PHP研究所)でしょうか。これは児童書ですが、主人公はなんとシャーロック・ホームズが穿いていたズボンなんですよ。


斜線堂 それ、とても面白そう!


青崎 はい、ズボンが探偵役となって推理をするという何とも斬新な設定です。ミステリとしての出来栄えはどうかと言われれば、正直微妙なところなんですが。そもそも「ズボンが探偵」という設定が、謎解きに深く関わっているわけではないし。やはり“特殊設定ミステリ”たるもの、設定と解決との間にリンクがあるべきですよね。子供心でも「これはタイトルオチだよな……」と思った作品でした。でも、今から思えばこれが“特殊な設定が作品内に持ち込まれたミステリ”との最初の出会いだったかもしれません。


斜線堂 私も児童書ですが、「ダレン・シャン」シリーズ(ダレン・シャン、橋本恵訳、小学館)が初めて読んだ“特殊設定ミステリ”だと思います。バンパイアが存在する世界で、裏切り者は誰かを探すフーダニット要素が描かれるなど、伏線もしっかり張られた謎解き小説として楽しんだ記憶があります。あとは「マジック・ツリーハウス」シリーズ(メアリー・ポープ・オズボーン、食野雅子訳、KADOKAWA)ですかね。あれもタイムスリップで様々な時間を旅行して、そこで起きた謎を解くという物語です。


青崎 「ダレン・シャン」シリーズは、たしか第3巻の『バンパイア・クリスマス』が殺人犯探しをメインにしたお話でしたね。


斜線堂 そうなんですよ! しかも、謎解きにはちゃんと物語世界の設定が絡んでいて、推理を構成するパーツとして、その設定が活かされているんです。その点はいま、ジャンル内で流行している“特殊設定ミステリ”に近いんですよね。


相沢 僕は……富士見ドラゴンブックで刊行されていた「西部諸国シアター」シリーズ(山本弘・グループSNE)が、“特殊設定ミステリ”とのファーストコンタクトだったのではないかなあ。


今村 ああ! 私も知ってます。


相沢 これは「ソード・ワールドRPG」というテーブルトークRPGをもとにした読者参加型の企画です。ゲームの世界を舞台にした物語の原案を「月刊ドラゴンマガジン」誌上で募集し、集まったハガキを素材に山本さんが小説を書く、というものでしたが、その中に謎解きミステリ要素の濃い短編が幾つか入っていたんですよ。つまりゲーム内の設定を駆使して謎解きを構築したお話が書かれていたわけです。


若林 なるほど、テーブルトークRPGのルールが特殊設定に相当するということですね。


相沢 「ソード・ワールドRPG」関連ではもう一つ、『ゴーレムは証言せず』(安田均編、山本弘他著)という短編集があります。こちらは噓を感知する魔法を使う探偵役が、「合い言葉に反応するゴーレム」が関与しているのではないかと疑われる事件に挑む、というお話。提示される謎も探偵の設定も、まさに“特殊設定ミステリ”と呼べる作品でしたね。


今村 青崎さんと斜線堂さんの児童書にせよ、相沢さんのテーブルトークRPGを基にした小説にせよ、お話を聞くと、どうやら謎解き小説のメインストリームとは別のところにある作品に、“特殊設定ミステリ”の原型を見出しているように思えます。実はそういう私も、謎解きミステリを意識して読み始める以前、ライトノベルを読み漁っていたときに“特殊設定ミステリ”に出会っていた気がします。


若林 ライトノベル、というと具体的にはどのような作品でしょうか?


今村 三雲岳斗さんの小説です。中学・高校時代によく読んでいたのですが、三雲さんには突飛な設定を巧みに利用してサプライズを生み出す作品が多いです。具体的な書名を挙げてしまうこと自体がネタバレにひっかかりそうな作品もあるので、詳しく紹介できないのが残念ですが……三雲さんの作品こそ初めて読んだ“特殊設定ミステリ”だと思います。


似鳥 私も「これは本格ミステリである」と意識して読んだ作品よりも、そうではないものの方に「言われてみれば、“特殊設定ミステリ”だったよね」という作品が多いかな。小説では星新一の短編「午後の恐竜」を挙げますね。現代にとつぜん恐竜が現れるのだけれど、蜃気楼のように実体がなく、手で触れることはできない。いっぽうで水爆を積んだ原子力潜水艦が消息を絶った話が描かれ、この二つのエピソードがどう繫がるのか、と思って読んでいると……という話です。これも厳密にはミステリではないのだけれど、SFの趣向を巧みに使って意外な真相を書いている、という点では“特殊設定ミステリ”の範疇に入るのではないか、と私は考えています。


若林 いま「小説では」とおっしゃいましたが、小説以外のジャンルで思い当たる作品があるのでしょうか?


似鳥 漫画の『サイコメトラーEIJI』(安童夕馬原作、朝基まさし漫画、講談社)ですね。物や人に触れるとその対象が持つ記憶を読み取ることができる能力を持った主人公が、事件を解決していくミステリ漫画です。これは「特殊能力探偵もの」の系譜に連なる作品だと私は捉えていて、これも一種の“特殊設定ミステリ”だと思います。


若林 『サイコメトラーEIJI』! ドラマ化もされて、ミステリファン以外にも人気が高い作品だったと記憶しています。


似鳥 やはり特殊な能力を持つ探偵は、魅力的なキャラクターになりやすいですから。ついでに申し上げておくと、私の最新刊である『推理大戦』(講談社)も実は「特殊能力探偵もの」なんです。噓を見破る能力など、いずれも人並外れた特殊能力を有した探偵たちが一堂に会し、推理を競い合うというお話です。


若林 なるほど「特殊能力探偵もの」にバトルものの要素を組み合わせたミステリなのですね。すごく面白そうで、拝読するのが楽しみです。さて、皆さんには初めて読んだ“特殊設定ミステリ”について、児童書から漫画作品まで幅広く挙げていただきました。“特殊設定ミステリ”はサブジャンルの呼称ですが、その言葉が包摂する作品は膨大にあるのではないか、ということに改めて気づきました。ちなみに、斜線堂さん以外は国内作品を挙げていますが、「これが特殊設定ミステリの一押し!」という海外作品はパッと思い浮かびますか?


相沢 うーん、すぐには思い浮かばない……。


今村 私も悩むなあ……。タイトルを挙げるとするならばジョン・ディクスン・カーの『ビロードの悪魔』(吉田誠一訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)かな。これは悪魔と契約を交わしタイムスリップした歴史学の教授が、300年前のロンドンで起こった毒殺事件の解明に挑むというミステリです。


青崎 僕もアイザック・アシモフの『鋼鉄都市』(福島正実訳、ハヤカワ文庫SF)や、ジェイムズ・P・ホーガンの『星を継ぐもの』(池央耿訳、創元SF文庫)と、SFミステリの定番が思い浮かびますね。


斜線堂 私はルーシャス・シェパード『タボリンの鱗』(内田昌之訳、竹書房文庫)を挙げます。これは「竜のグリオール」というファンタジー小説シリーズの短編集なのですが、見事なホワイダニットが描かれた作品が収められているんです。


似鳥 私の場合は映画で、しかも“特殊設定”かと言われると微妙なところですが「ソウ」シリーズを挙げておきましょうか。謎解き小説よりも、こういうソリッド・シチュエーションスリラーなどの方が、国内の“特殊設定ミステリ”に近い気がします。

(この座談会は、「小説現代」2021年9月号に掲載されたものになります。)
気になる座談会の内容は、明日の中編に続く!!

相沢沙呼(あいざわ・さこ)

2009年『午前零時のサンドリヨン』で第19回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。『小説の神様』は、読書家たちの心を震わせる青春小説として絶大な支持を受け、実写映画化。『medium 霊媒探偵城塚翡翠』でミステリーランキング5冠を獲得した。
青崎有吾(あおさき・ゆうご)

2012年『体育館の殺人』で第22回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。平成のクイーンと呼ばれる端正かつ流暢なロジックと、魅力的なキャラクターが持ち味で、新時代の本格ミステリ作家として注目を集めている。

今村昌弘(いまむら・まさひろ)

2017年『屍人荘の殺人』で第27回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。同作は「このミステリーがすごい!」など3つのランキングで第1位を獲得、第18回本格ミステリ大賞を受賞し、第15回本屋大賞第3位に選出。映画化、コミカライズもされた。2021年、テレビドラマ『ネメシス』に脚本協力として参加。

斜線堂有紀(しゃせんどう・ゆうき)

2016年『キネマ探偵カレイドミステリー』で第23回電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞しデビュー。2020年に発表した『楽園とは探偵の不在なり』でミステリランキングに多数ランクイン。

似鳥 鶏(にたどり・けい)

2006年に『理由あって冬に出る』で第16回鮎川哲也賞に佳作入選しデビュー。魅力的なキャラクターやユーモラスな文体で、軽妙な青春小説を上梓する一方、精緻な本格ミステリや、重厚な物語など、幅広い作風を持つ。

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