おぞましいものと好きなもの

文字数 1,158文字

 おぞましいものが出てくる話を書こうと思いました。
 人知を超える存在を目の当たりにしたときに、人間はどのような行動を取るのか。今まで書いたことのないタイプの話です。そんな物語を紡ぐわけですから、中心となるおぞましいものの選定には、工夫が必要です。
 以前から、官能の世界に登場する「触手」から性的な要素を取り去ったらどうなるのかを考えていたので、触手に登場してもらうことにしました。かといって触手を持つ異界の怪物を出しても、読者の方々は姿形を想像できないかもしれません。そこで想像しやすい寄生虫という設定にして、脅威を身近に感じてもらえるようにしました。
 幸い僕は、蛇とかミミズといった脚のない生き物に嫌悪感は覚えないのですが(逆に脚がたくさんある生き物は苦手)、やはり書いていて気持ちのいいものではありません。そこで、人間の方は好きなタイプばかり登場させることにしました。
 平凡に見えるけれど、いざというときに行動力を発揮する主人公。
 美しく気高いヒロイン。
 相棒の猫。
 文句を言いながら兄の世話を焼く妹。
 魔法使いのような悪役と、その弟子。
 倫理観を彼方に放り投げた研究者。
 悪役だけれど悪に染まりきれない協力者。
 そんな書いていて楽しい連中を、これでもかというくらいに登場させました。
 人類共通の敵が現れたとき、物語はふたつのパターンに分かれます。人間側が一致団結して立ち向かうか、それぞれの思惑で独自の行動を取るか。僕は後者を選びました。理由は簡単で、好きなキャラクターに思う存分動いてもらうためには、好き勝手にしてもらう方がいいからです。
 ホラーであり、ミステリーであり、アクションであり、人間ドラマでもある。本書は、そのような物語になりました。気持ち悪いものが苦手な人でも大丈夫です。登場人物たちが解毒してくれますから。
 たぶん。



石持浅海(いしもち・あさみ)
1966年愛媛県生まれ。九州大学理学部を卒業後、食品会社に勤務。’97年、鮎川哲也編の公募アンソロジー『本格推理⑪』(光文社文庫)に「暗い箱の中で」が初掲載。2002年、光文社の新人発掘企画「カッパ・ワン」に応募した『アイルランドの薔薇』で長編デビュー。'03年刊行の第二長編『月の扉』は、各種のランキング企画に上位ランクインし、日本推理作家協会賞の候補にもなる。近著に『殺し屋、続けてます。』『新しい世界で 座間味くんの推理』『真実はベッドの中に』『風神館の殺人』『高島太一を殺したい五人』などがある。

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