先入観に囚われるな! 日々進化し続ける「難病もの」の最新のアプローチとは?

文字数 4,427文字

「難病もの」と呼ばれるフィクションのジャンルを、一度は聞いたことがあるかと思います。

ハンセン病文学のような当事者の苦しみを抉り出すものとは異なり、病気を患ったヒロイン/ヒーローの生きざまを悲劇として「感動」につなげていくジャンルです。

また、多くの場合はそこに男女のロマンスを加えて喪失と再生を描くことで、青春小説としての地位を獲得しています。



21世紀に入ってからは『世界の中心で愛を叫ぶ』の大ヒットにより、若者を中心に爆発的に拡散されました。その後ケータイ小説の流行などを経て、10年代に入ってからも中高生を中心に一大勢力を築き上げています。


現に全国学校図書館協議会が行なっている「学校読書調査」の直近3回を参照すると、2018年には『君の膵臓をたべたい』、2019年には『君は月夜に光り輝く』、2021年には『桜のような僕の恋人』がそれぞれ女子高校生に最も読まれている本としてアンケートに挙がっていました。



特に2017年に刊行された『桜のような僕の恋人』が昨年になって中高生に最も読まれている事実は、非常に興味深いです。映画公開によってさらに読まれるようになったであろう前二作とは異なり、『桜のような僕の恋人』は当時映画化が決定した段階にすぎず、大きな要因とは呼べません。


このような昔の作品がいまになって読まれている背景には、tiktokによる拡散のほかに、「難病もの」の大ヒット作が近年現れていないことにも起因しているのではないかと思います。


とはいえ、難病もの自体が書かれていないわけではありません。9月にはスターツ出版文庫から『余命 最後の日に君と』(アンソロジー)も刊行され、ライトなレーベルを中心に、いまでも難病ものは多く刊行されています。

今回はそんな難病を描いた新人賞受賞作から二作品を取り上げて、いま難病ものがどのように描かれているのかを探っていこうと思います。

~第3回~

先入観に囚われるな!

日々進化し続ける「難病もの」の最新のアプローチとは?

四季大雅『わたしはあなたの涙になりたい』


小学館ライトノベル大賞の〈大賞〉受賞作。受賞作はガガガ文庫から刊行され、大賞が出るのは5年ぶりとなります。


物語の根幹をなすのは、身体の末端から塩になっていき、心臓まで到達すると絶命に至ってしまう「塩化病」。幼い頃に母親を塩化病で亡くして以来、あるはずのものがない「空白」に対して幻肢痛をおぼえるようになった主人公の三枝八雲は、小学生のときに天才ピアニストの五十嵐揺月と出会います。成長するにつれて仲良くなり、惹かれ合い、やがて離れ離れになる二人。

そして高校卒業後に再会するものの、揺月の身にも「塩化病」が襲いかかります。



この作品最大のポイントは、難病ものをストレートに描きながらも、「誰かの悲しみを物語として消費すること」の是非を問いかけてくるところにあります。

たとえば難病を患った揺月を映画に撮って「お涙頂戴もの」として消費しようとしたり、いかにもなハッピーエンドを期待して、絶縁状態の両親と和解させようとしたりする周囲の人たち。それらに対して揺月は、「自分の人生を物語化されたくない、消費されたくない」と抗います。


また、物語の舞台となっているのは福島県です。中学生のときに東日本大震災を経験した二人は、原発事故による風評被害や震災をパッケージングした商業戦略を目の当たりにし、ここでも当事者を無視した「物語化」に眉をひそめることになりました。

「難病もの」でありながら安易な消費に待ったをかける登場人物たちの姿勢は、この作品に一筋縄ではいかない奥行きを与えています。



ただ、安易な「物語化」に抗おうとする一方で、私たちは常に「消費する側」に立たされていることも忘れてはいけません。

八雲は揺月に寄り添おうとするなかで、自らも無意識のうちに揺月を物語に当てはめて、消費してしまっている危うさに気づきます。そこには当事者と第三者のどうやっても埋められない隔たりが存在しており、想像力の限界がそびえていました。

それゆえ「想像力のなさが相手を傷つけていないか」と怯える二人は、難病ものをいま読んで消費してしまっている、ほかならない読者の私たちを巻き込む形で痛切に響きます。



ここまで書くと、もしかしたら「難病ものを皮肉った作品なのか?」と思われるかもしれません。

ですが、決してこの作品はアイロニカルな物語ではなく、むしろ「難病もの」というジャンルに対してどこまでも誠実なつくりです。

「物語化による消費」を軸にしたうえで、この物語は「それでも私たちが人を感動させて、感動するのはなぜか」という点まで突き詰めていきます。



そして「想像力の限界」に怯えていた八雲が、揺月の音楽によって想像力の限界を突破するとあるシーンは、数多くある同じジャンルのなかでも飛び抜けてすぐれた〈喪失からの再生〉でした。ここまでに示されてきたあらゆるモチーフが一点でつながり、「難病ものの物語」だからこそ描けた、これ以上ない救いとなる結論が提示されています。

プロット自体は難病ものの王道を貫いており、かつ感動させられる筆致を備えているからこそできる芸当でしょう。


ストレートな「難病もの」として広く読まれるポテンシャルを備えながら、「難病もの」が書かれる意味についても深く掘り下げていく、大賞受賞作にふさわしい強度のある作品です。

なお、著者の四季大雅さんは第29回電撃大賞でも金賞を受賞されました。今後に期待がかかります。

人間六度『きみは雪をみることができない』


第28回電撃小説大賞の〈メディアワークス文庫賞〉受賞作。


物語は、大学三年生の埋夏樹が岩戸優紀の「冬眠」を見守るシーンから始まります。排泄物を受けるパウチをベッドに取り付け、彼女に直腸と膀胱への留置カテーテルを挿入する生々しい描写はロマンティックからは程遠く、プロローグからただならぬ小説であることをうかがわせます。



そして時間軸は、夏樹と優紀が出会った二年前へ。サークルの飲み会を抜け出した先で偶然意気投合した二人は、なし崩し的にひと夏の恋人関係を結ぶようになりました。しかし秋が深まるころに、優紀は連絡を絶って夏樹の前から姿を消してしまいます。


狼狽しながらも行方を追う夏樹は、優紀の実家に訪れて家族から話を聞き、彼女が「冬になると眠ってしまう病」に冒されていることを知りました。


その事実を知った夏樹は時にうちひしがれながら、好きになった彼女に寄り添う道を模索していきます。



物語を通じて問いかけられるのは、難病を抱えた人間にこころから寄り添っていくことの「覚悟」です。冬のあいだ離れ離れになる彼女を好きで居続けられるのか、起きてこないかもしれない恐怖に耐えられるのか、周りの常識からはぐれてしまっている人間を受け容れられるのか。

多くの難病ものではロマンスめいた感情で包みこんで盲目的に描かれがちなそれを、この作品ではいちから問いかけ直します。ここには「難病」自体を真摯に描こうとする誠実さがはっきりと表れています。


また、覚悟を問いかける際に重要になってくるのが、これまで優紀を献身的に支えてきた「家族」の存在です。母親の灯子、父親の嶺二、妹の不由美。それぞれの立場から、奇病ゆえに周囲の理解を得られず孤立していった家庭の苦しい現実が描かれます。


特に夏樹に向かって「冬眠する女の子? ファンタジーな言葉でごまかさないでください」「すぐにヒーロー気取りで救いたがる。救えると思っている。何もできないくせに」と真っ向から現実を突きつける不由美は、『わたしはあなたの涙になりたい』と同様に、物語化による安易な消費を許さない力強さがありました。


優紀自身やそれを支えなければいけない家族の過酷な境遇を目の当たりにすることで、夏樹は自らが逃げることも選べる「他人」でしかないと気付かされます。

一方で、家族ではない他人だからこそ成し遂げられる「役目」があるのも事実です。男女の恋愛関係がどうしてこのジャンルで描かれるのか、その答えが物語を通してはっきりと示されているのも非常に魅力的でした。



難病ものとしてのロマンスを描きながらも、普通ではない病気に冒された当事者と周囲の困難を徹底的に掘り下げることで、「難病を患うこと」自体に目線を向けている作品です。

難病を抱えて普通の生活を送れなくなった人間は、はたして正常なのか異常なのか。いまいちど、深く考えさせられること間違いありません。


著者の人間六度さんはハヤカワSFコンテストを『スター・シェイカー』で受賞。夏には受賞第一作となる『永遠のあなたと、死ぬ私の10の掟』も刊行されています。ひとつのテーマを据えて、それによって何が起きるかを徹底的に突き詰めていく筆致が特徴の作家さんです。

今回は二作品を紹介していきました。



題材として扱われる架空の病気に対して、『わたしはあなたの涙になりたい』では物語化による消費の是非、『きみは雪をみることができない』では当事者や周囲のリアルな苦しみや覚悟を描いています。


それぞれ異なるアプローチですが、共通しているのは「フィクション」として難病を切り捨ててしまわないこと。そしてそこから浮かび上がってくるのは、現実にも存在する「難病を抱えた人間」に対する誠実さです。


はたして「難病もの」を感動させるために存在するフィクションのいちジャンルとして捉えてしまってもいいのか。感染症が流行して苦しんでいる人の多い現在だからこそ、あらためて向き合っていくべき問題なのかもしれません。


参考


『学校図書館 No.817』P.20

『学校図書館 No.829』P.25

『学校図書館 No.853』P.45

(刊行・全国学校図書館協議会)

あわいゆき

都内在住の大学生。普段は幅広く小説を読みながらネットで書評やレビューを手掛ける。趣味は文学賞を追うこと。なんでも読んでなんでも書くがモットー。

Twitter : @snow_now_s

note : https://note.com/snow_and_millet/

第3回「この新人賞受賞作がすごい!」で取り上げたのは――

全身が塩に変わって崩れていく「塩化病」で母親を喪った少年、三枝八雲は、音楽室でピアノを弾いている五十嵐揺月と出会った。二人は成長するにつれて寄り添い、すれ違い、惹かれ合いながら成長していく。

しかし、イタリアで再会を果たしたとき、揺月の身に悲劇が降り掛かって——。

大学一年生の埋夏樹は、ある夏の夜に岩戸優紀と出会い恋に落ちる。いくつもの夜を共にする二人だったが、冬に入る直前、優紀は夏樹の前から姿を消してしまった。

優紀の行方を追う夏樹は、優紀が冬のあいだ目覚めない「冬眠する病」であると知る。夏樹は冬のあいだ眠ってしまう彼女に寄り添う方法を模索し始める。

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