ゾフィー上田の「自分では出会わない本について語る会」第十五回

文字数 2,139文字

お笑いファンに絶大な支持を得るコント師・ゾフィー上田航平さんは、読書家としても知られています。

でも、最近ふだんの読書だけでは物足りない様子。。。


そこで当コーナーでは、編集部からご自身では絶対に買わなそうな本をチョイスして、上田さんに読んで語ってもらいます!

〇違いのわかる大人になるために! 教養としてのコーヒー学

早くも金欠になった。まだ12月が始まったばかりなのに。私の仕事は毎月定期的に固定でギャラをもらえるわけではない。仕事が多い月もあれば少ない月もある。それを想定して計画的に資産運用しなければならないのだ。ビッグケアレス計算ミス。2022年最後にして最大のピンチ。THE節約。収録がある度に弁当から菓子まで片っ端から胃袋にケータリング。収録がない日はじっと耐え忍び、吹雪が過ぎ去るのを待つ。今月は厳しい冬。作業をするために喫茶店に行くのも断念して、実家から送ってもらった珈琲の粉を三四郎相田さんにもらったコーヒーメーカーで作ってコントを書く。「コーヒーの科学~おいしさはどこで生まれるのか~」こんなタイミングで読むのが適切な本なのかはわからない。でもせっかくだからコーヒーをより美味しく飲んでこの厳冬を乗り切りたい。


この本の著者は、普段は大学でがんに関わる遺伝子を研究したり、微生物学の講義を行なっている旦部幸博さん。ご本人曰く、典型的な理系人間であり、大好きな珈琲を論文や文献から徹底的に科学的に分析したとのこと。私は真逆の文系人間。ご承知の通り、自分の収入支出もままならず、切符を買うのも券売機に小銭を全部入れちゃうような人間。(数学試験学年最下位実績あり)にも関わらず、一気に最後まで読んでしまった。


私が興味深かったのは、珈琲の成分を科学で解き明かすその前に、珈琲の味を表現するうえでどのような言葉が存在しているのかについて調べた章だ。「焙煎した」「まろやかな苦味」「こくのある」「すっきりとした」「芳醇な」「さわやかな酸味」などの珈琲味ことばが、一般消費者認知度順に並べてある。ここから著者は、珈琲を「香ばしさと苦味を中心に、酸味その他のさまざまな要素が渾然一体となって生まれる、複雑なおいしさ」としている。なるほど。珈琲は繊細で複雑だ。シンプルおバカな飲み物と違って、その苦味の奥にあるデリケートな味わいを楽しむ。高校の部活帰りに寄ったイタリアンのお店で、背伸びをした同級生が食後のエスプレッソを注文し、本当に苦虫を噛み潰しているんじゃないかと思われる顔でちびちび飲んでいたのを思い出す。おにぎりの具の中身を気にせず、「全部米の塊」と一律に頬張るようなタイプには、珈琲を楽しむことは困難だ。


この本では、その「苦味を楽しむ」ということはどういうことか教えてくれる。一般的に大人になるにつれて、人間はビールなどの苦味を楽しめるようになるとされている。しかし、近年の研究では、子供も大人も苦味を感じる能力自体にほとんど差はないことが判明しているらしい。つまり、苦味は個々の経験、いうなれば、その社会がその味をどう扱うかによって変化しているのだ。日本で初期に珈琲を飲んだ大田南畝(蜀山人)は「焦げ臭くて味わうに耐えず」と評している。蜀山人さんが苦いのめちゃ苦手だった説も考えられるが、安全な苦味として社会に浸透すると、人々はそこに喜びを見出すようになる。実は、お笑いもそうなのです。「笑うに耐えず」な芸人がいるとしても、他者の評価やその人柄を知ることによって次第に面白いとされる。消費者が無理して珈琲を飲んでいるわけではない。「わかってないくせに笑ってんじゃないの?」って言われがちだけど、そうではない。本当に感覚が経験によって変化していって、本当に美味しく感じるようになるのだ。そういえば、いつからかコントを書くために喫茶店に通い詰めた結果、ブラックコーヒーしか飲まなくなった。感覚は常に進化するのが人間だ。


そう考えると、人間って、随分と曖昧に出来ている。サウナで冷水風呂に入ると、途中から何も感じなくなる瞬間がある。冷たかったものが冷たくなったり、悩んでいたものが解決していないけど悩まなくなったり、信用ならない生物である。と、実家から届いた珈琲をすする。そういえばこれはなんて珈琲だっけ?パッケージを見る。茅ヶ崎サザンコーヒー?「南国のテラスでコーヒーブレイクしているような常夏の香りをお楽しみください」なぜこの時期に?天候と財布は寒くても、この珈琲で夏気分を味わえる。人間は贅沢だ。

『コーヒーの科学~おいしさはどこで生まれるのか~』

旦部 幸博著

講談社ブルーバックス

定価 1188円(税込)

上田航平(ウエダコウヘイ)
1984年生まれ。神奈川県出身。慶應大法学部卒。2014年にサイトウナオキとゾフィーを結成、2017年、2019年「キングオブコント」ファイナリストとなった。また、ネタ作り担当として、「東京03の好きにさせるかッ!」(NHKラジオ第1)でコント台本を手がけるなど、コンビ内外で幅広く活動している。趣味は読書とサウナ。なお、祖父は神奈川県を中心に展開する書店チェーン店「有隣堂」の副社長を勤めたこともある。

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