『女芸人の壁』の著者、熱弁! 今、女芸人が一番面白い!

文字数 2,208文字

上沼恵美子中島知子青木さやかAマッソ・加納愛子――。

数々の女性芸人たちの「今」をインタビュー取材した「文春オンライン」の人気企画を書籍化、『女芸人の壁』を11月に上梓した西澤千央さん。

この企画が成立したきっかけ、本書の読みどころをたっぷり語っていただきました!

今、女芸人が一番面白い!

 若い頃からお笑いが大好きで、いろんな芸人さんのネタを見ては、腹を抱えて笑ってきました。あの芸人、この芸人と、その才能に惚れ込んでは、テレビや劇場で彼らの追求する笑いに身も心も委ねてきました。


 ところが、お笑いファンとして年を重ねるうち、ある時、自分はただ芸人に笑わされているだけではない、笑っている自分自身にも主体性があるのだと気づくようになりました。時として、自分にとって飲み込みがたい笑いが存在することを認識するようにも……。


 そうやって自分を含め、芸人を受け入れる観客たちもまた、時代や世間のあり方に合わせて変化している。そして芸人は、そんな世の中の風潮や文脈の微妙な変化を誰より機敏に読み取って、己の芸に生かしているのではなかろうか──そんな視点からお笑い史を切り取ってみたいと思ったのが、企画の発端でした。


 女芸人の方々を取材する上で何より気を付けたのは、自分や読者がほしがるものを聞き出すために、相手の発言を誘導しないこと。女芸人を男性中心社会における被害者だと決めつけるような聞き方は絶対にしたくなかったんです。実際、本書の中でも皆さん口々に、女芸人だから得をしたこともある、とおっしゃっています。青木さやかさんの「(いじられて)感謝しながら傷つく」という表現には唸らされましたね。建前でない、女芸人の本音に耳を澄ましたからこそ、こうした繊細な言葉遣いを聞き出すことができたのだと思っています。


 女芸人と男芸人の肩書についての考え方の違いも興味深かったですね。例えば、女芸人は「自分は芸人ではない」「自分はタレントではない」としっかり分けて考えている。その肩書からすでに立ち止まって考えることが多いんですね。一方で、男芸人は一般的に、自分の肩書を大きな括りで「芸人」と考える人が圧倒的なようです。


 ただ、本書は、そうした芸人の性差の部分のみで構成しているわけではありません。裏テーマとして、私自身が大好きな、テレビの歴史を掘り下げることも意識しました。例えば、本書の中盤に登場する山田邦子さんの章では、女性で唯一天下を取ったと言われる山田さんご自身の視点から、お笑い芸人の世の中での立ち位置が変わるちょうどその時期のことがリアルに語られています。今やバラエティ番組で天下を取ったように見える芸人たちも、かつては司会や進行役など、歌手や役者、他のタレントなどの間と間をつなぐ仕事がメインでした。個々のパーソナリティによって芸人たちがテレビ番組の主役となるのは、山田さんが出られた「オレたちひょうきん族」を待たねばなりません。


 ただ、今で言うフワちゃんのように確固たる存在だった山田さんを別にして、ʼ80年代以降、狂乱のʼ90年代から混乱に満ちた2000年代あたりまで、お笑いを心から愛する女芸人には苦難の時代だったようです。売れるためにはまだまだテレビに出なければならない時代でした。そしてお茶の間は、そんな彼女たちに「女芸人」らしさを求め続けました。


 それが、この10年で劇的に変わってきました。自分のお笑いの世界観を守るため、いったんテレビと距離を置く女芸人も現れました。ネット環境が飛躍的に充実するようになったことも主な要因の一つでしょう。そうして芸人がメディアを選ぶ時代となった結果、女芸人たちの表現の幅が格段に広がりました。


 M‐1グランプリの予選動画を見ていても、それは如実に感じられます。阿佐ヶ谷姉妹、ハイツ友の会、にぼしいわし、ヨネダ2000etc.。彼女たちは、過去のM‐1上位に残った女性コンビにありがちだった「女あるある」や容姿ネタなどの呪縛から解き放たれて、それぞれの笑いを自由奔放に追求しています。


 さらに、そのように変化しているのは舞台上の芸人だけではありません。視聴者側の視線や、コメント欄の文章なども明らかに変わってきています。観客の側も憑き物が落ちたのでしょうか。今や演者・観客それぞれが男女の壁を越えて、いち芸人‐いちお笑いファン、という幸福な関係が見出せるようになりつつあるようです。さらに驚くべきことに、若い芸人たちには、これまでお笑いの世界に、圧倒的な男性中心社会という「壁」があったことすら知らない人も出てきているようです。


 Aマッソの加納さんが本書を「今だからこそ出す価値のある本」だと評してくれました。まさに今、女芸人は百花繚乱です。Aマッソのお二人や、ラランドのサーヤさん、ヒコロヒーさん、蛙亭のイワクラさんたちがゴールデンのバラエティ番組でメインMCとして活躍する日も、そう遠くないのかもしれません。



初出:「小説現代」2022年12月号

西澤千央(にしざわ・ちひろ)

1976年神奈川県生まれ。実家の飲み屋で働きながら、『K I N G 』でライターデビュー。現在「文春オンライン」や『Q u i c k J a p a n 』、『G I N Z A 』、『中央公論』などでインタビューやコラムを執筆。

『女芸人の壁』

西澤千央

定価:1650円(税込)

文藝春秋 単行本

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