六月。日

文字数 4,386文字

1日1冊、3年で1,000冊の本を読み、月産25万字を執筆し続ける小説家・斜線堂有紀。


謎めいた日常はどのようなものなのか――

その一端が今ここに明かされる。


毎月第一・第三月曜日、夕方17時に更新!

夕暮れどきを彩る漆黒の光・”オールナイト”読書日記が、

(勢い余って五月第五月曜日にも更新しそうになるくらいフルスロットルに)本日も始まる。

六月。日

 エリック・マコーマックの『隠し部屋を査察して』があまりにも好みだったので、担当のUさんのスナイパーぶりに恐ろしくなる。ちなみに、解説は柴田元幸氏。柴田元幸さん訳の作品に外れ無しということで、訳された作品を全部読もうと決めた矢先のエンカウントに、包囲されているような気分になる。どうしてこうも私のツボに入る言葉で綴られた魅力的な物語ばかり訳されているのだろう……。

 特にお気に入りなのは冒険家イレネウス・フラッドが作った巨大な列車型巡回植物園<庭園列車>と、彼の数奇な体験を綴る「庭園列車」という短篇だ。この短篇集は通してすぐ傍にある異世界を描いており、「パタゴニアの悲しい物語」でも、どこか血の通った生々しい奇妙な習俗が描かれている。人体が改造される話に心引かれるので、こちらもかなり印象に残った。殺人鬼の男を愛した女を巡る奇妙な事件「窓辺のエックハート」もいい。

 マコーマックの本を全部揃えようと思ったのだが、唯一『ミステリウム』だけ新品で手に入らないので保留している。だが、私の勘が、この一冊が一番好きそうだとも告げてくる。どうにか東京創元社さんが『ミステリウム』も復刊してくれないだろうか……と思う日々である。



六月×日

 生存確認と心の安寧の為に、後輩と三日おきに電話をすることに決めている。話すことは他愛もない雑談だったり、今日食べたご飯のことだったりするのだが、最近になって後輩が「おすすめの映画ないですか」と聞いてくるようになった。映画の話でデビューし、映画エッセイも手がけている私だ。こういう質問には全身全霊で応えなければならない。

 ということで渾身の一作『サマー・オブ・84』を勧めたのだが、後輩の反応は「あれどこが面白いんすか」だった。

 こういうことが人生にはある!!!!!

 人の面白いは千差万別なのだ。一口におすすめの映画といっても、その人の当たり判定が分からないとおすすめなんか出来ないのだ。そんなことを考えながら白井智之先生の『ミステリー・オーバードーズ』を読む。鬼畜系ミステリという唯一無二の道をひた走る白井先生の作品が大好きで、新刊は欠かさずチェックするのだが、今回の短篇集は個人的に過去一番で劇薬だった。読んでいる最中に、かなりの頻度で休憩を挟んだ。このエグさと本格ミステリの融合には平伏するしかないのだが、この本を誰かにおすすめするのには結構な覚悟がいる……のである。それでも面白いから読んでしまう。夢に出てきて魘されそうで怖くなる。

 今回の新刊では「隣の部屋の女」の仕掛けに膝を打った。なるほど、そうくるのか。そう、きてしまうのか……という読み味はなんとも言えない。二度読みしてここまで暗澹たる気持ちになる短篇があるだろうか。読んで欲しい。おすすめが! しづらい!

 色々ヒアリングした結果、後輩には『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』を勧めた。こちらのチョイスは完璧だったらしい。今度は『ビッグ・フィッシュ』を勧めている。



六月◎日

 ブルダックというカップ麺をご存じだろうか。一言で言うとめちゃくちゃ辛いカップ麺である。辛いものが好きな友人に勧められて買ったそれを、気まぐれに食べてみることにした。あんまり家から出ない生活をしているので、食べ物で冒険するしか変化がつかないのだ。私は辛い食べ物が好きで、先輩達と火鍋を食べたり、チゲを食べに行ったりするのが好きだった。友人はブルダックの美味しさに太鼓判を押している。今日の昼は勝ち確だと思った。

 食べた。死んだ。

 辛すぎて味がよくわからなかった。言われてみれば美味しいかもしれない、美味しくなかったらこの辛さに耐えてる意味が無い、みたいな気持ちになった。美味しかったんだと思いたい。火鍋でちゃぷちゃぷしていた私には、あまりにも〝本物〟を感じさせる味だった。

 正直な話、嫌な予感はしていたのだ。友人と話してる時に「スコヴィル値」という聞き慣れない単語が出てきて「うん? スコヴィル値って何?」となった時点で、ステージが違うことには気づいていた。スコヴィル値は辛さを計る単位で、これが高い=辛いというわけである。私が美味しく食べられるタバスコが2000くらいだが、友人が使っているデスソースは10000とか50000くらいある。インフレがデレマスの発揮値かよ。

 同じ事故が本でも起こりうる。最近ミステリ好きなんだ~と言っていたら、いきなり相手が『虚無への供物』の話を振ってきたようなものだ。誰も悪くないが、事故である。読みスコヴィル。

 卵などで誤魔化し、口の中が痛いな、と思いながら道尾秀介『雷神』を読んだ。過去の事件と現在の事件が脅迫で一本に繋がる構成、道尾先生の得意とするままならない因果と、容赦の無い伏線回収がとても面白かった。

 作品の中でキーとなっているのが、毒キノコである。村の有力者達が毒キノコで殺害されるという事件が、今に繋がっていくのだが──口の中が痛い状態で読むと、妙な臨場感があった。



六月/日

 『異形コレクション 秘密』の見本を貰う。ありがたいことに前回の『蠱惑の本』に引き続いて寄稿することになり、「死して屍拾う者無し」という短篇を載せている。これは寿命を迎えた人間が動物に生まれ変わる〝転化〟という現象が起きる村の物語だ。主人公のくいなはめでたく十二歳の誕生日を迎え、自分が転化した後に入る檻を仕立てに行く。『蠱惑の本』に載せた「本の背骨が最後に残る」は自分でもお気に入りの一作なのだが、今回の話も負けず劣らず気に入っている。異形コレクションに寄稿する短篇は、何だかいつもよく書ける。それは多分、私が『異形コレクション』というアンソロジーシリーズを心から好きだからだろう。

 というわけで、自分の作品に思いを馳せつつ一冊通して読んでみる。世間に流行る疫病の正体を描き、想像するだに恐ろしいビジュアルで攻めてくる、黒澤いづみ「インシデント」、この国民的モチーフを組み込んでくるのか! というサプライズを与えつつしっかり恐ろしい、澤村伊智「貍 または怪談という名の作り話」(とても飛距離(※読書日記第三回参照)が長い)、患者から【幸せにしたいやつの名前を書け】という言葉と共に継いだ謎のノートを巡る恐怖譚「世界はおまえのもの」など、面白い作品が目白押しだった。

 なんとなくアンソロジーは陰陽トーナメントの趣がある。豪華執筆陣に負けないくらいの作品をこれからも書き続けていきたいものだ。こういう場の方がお祭り感があって頑張れるのかもしれない……。



六月▽日

 なんと体調を崩す。元々身体が強い方ではないので、いかにも不健康そうなパブリックイメージとは裏腹に気を遣ってはいたのだが、ここ半年で一番の崩れ方をした。世間の状況もあることなので検査を受けたりもしたのだが、どうやら単に疲労が溜まっているところに貧血が重なって熱が出ただけのようだった。ストレスもあるんじゃないか、と言われて思い返すと、確かに趣味の旅行にも行けてないし、日々の小さな楽しいことを寄せ集めるだけではリカバリー出来ない部分もあるのかもな、と思う。

 病院の待合室でエイミー・ベンダーの『燃えるスカートの少女』を読む。不可解なのに現実的で、哀しいのに愛おしいというキャッチに似合う、独特な優しさのある短篇集だった。お気に入りは「癒す人」という短篇だ。火の手を持つ少女と氷の手を持つ少女は、手を繋いでいる間だけ普通の子になれる。全てを焼き尽くし傷つけてしまう手の持ち主と、全てを癒やす手の持ち主が互いを中和し合う物語の行く末は、なるほど哀しいけど愛おしい。そして温かい。処方された薬で胃が荒れ、眠れないほどの痛みに苦しみなあ柄、自分の中にも炎がある、と思った。

 哀しいことに、処方された胃薬が粉薬だった。錠剤にしてって言ったのに! 私は粉薬を飲むのが苦手だ。何故なら苦いから。粉薬が飲めないという泣き言を言っていると、友人に「水を先に口に含むといいよ」とアドバイスを受けた。やってみたが普通に苦かった。腕の骨を折られる痛みが指の骨を折られる痛みに変わっただけだと思った。

 私の近くに氷の少女はいないので、無になって過ごしていた。体温計をくらりのぬいぐるみに抱かせて、ひたすら眠った。


六月±日

 体調不良は三日くらい続いた。胃が痛すぎて何も食べられず、さりとて家に胃に優しいものがないので、お湯かけご飯を食べる。お粥を作る元気はないが、これで同じことだろうと思った。先輩に「お前は白米を食べた後に白湯を飲んだらお粥になると思ってるのか? そんなはずないだろ」と言われた。私は泣いた。

 ベッドから動けないが何をすることも出来なかったので、こだま『ここは、おしまいの地』を読む。これは筆者の半生を綴った私小説で、何もない〝おしまいの地〟に住んでいた日々のことがユーモアに溢れた筆致で語られる。

 弱っている時はエッセイを読みたくなる。一人で伏せっていても、誰かの存在を感じられるからだろうか。切り取られた他人の人生を読んでいる時、私は二人になり、四人になる。

 あまりにも私が弱っていたからか、先輩作家の紅玉いづき先生や、担当さんや、友人が食べ物を送ってくれた。どれもゼリーやお湯を掛けて食べられる雑炊などだった。みんな案ずるところは同じなのだろう。お陰で今現在私の家には、一ヶ月くらい寝込んでもどうにかなりそうな量の備蓄がある。ありがたい。

 各氏に電話やメールでお礼を言ってから、届いたそれらを犬にするように撫でた。なんとなく誰かがいるような気がする。エッセイと同じような心強さを掌で感じた。なるべく病気しないようにしないとな、とひたすら思った三日間だった。

インフレがデレマスの発揮値かよ???


次回の更新は7月5日(月)17時です。

Written by 斜線堂有紀 

小説家。2016年、第23回電撃小説大賞にて“メディアワークス文庫賞”を受賞。受賞作『キネマ探偵カレイドミステリー』でデビュー。著作に『詐欺師は天使の顔をして』(講談社)、『恋に至る病』(メディアワークス文庫)、『ゴールデンタイムの消費期限』(祥伝社)などがある。2021年、『楽園とは探偵の不在なり』(早川書房)が本格ミステリ大賞にノミネートされ、注目を集める気鋭の書き手。

斜線堂有紀氏のTwiterアカウントはこちら

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色