第62回

文字数 2,824文字

夏が来たといってもいいのではないか。


ひきこもり同士諸君は、梅雨でカビないよう除湿を使いこなそう。

文明の力で四季折々の快適な籠城ライフ!


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、

困難な時代のサバイブ術!

思い込みが強く、考えすぎてしまうタイプはひきこもりになりやすい。


ひきこもりというのは社会や他人に強い恐怖を感じている場合が多いが、それも隣の席に呂布の生まれ変わりが配置されてしまうなど、強い恐怖体験が原因でひきこもってしまう場合と、これと言った決定打はなく、小さな恐怖の積み重ねでポイントカードがいっぱいになってしまい、特典の「ひきこもり」をゲットしてしまう場合に分かれる。


ただ、思い込みが強い人間であれば、ネロの生まれ変わりに遭遇するチャンスを待ったり、小さな恐怖の回数をこなさずとも、たった一回、わずかな恐怖を得るだけで、それを己の脳内で培養、増殖させ、さらにそれを何度も反芻することにより他人や社会に強い不信感をいだき、ひきこもることが可能なのだ。

もっと手練れになると、一回目の恐怖すら、現実ではなく脳内で錬成することができるようになるが、それはすでに専門家の力が必要な段階なので今回は除外する。


つまり「負の感情の燃費が良すぎる」タイプはひきこもりになりやすく、ひきこもりにならないにしても、極めて幸せになりづらい。

よってひきこもりや不幸になりたくなかったら、悪い思い込みがはじまったら、自分で「これは思い込みだ」と気づいて思考を止めるか、第三者の意見を聞いてみた方がいい。

もし「それは思い込みではなくマジでお前は嫌われている」というセカンドオピニオンを得ることが出来たなら、それはひきこもるのが最善の対処法なので自信をもってひきこもろう。


しかし一旦ひきこもりになってしまうと、この「他人の意見を聞く機会」というのが激減してしまい、さらにひきこもりは時間を持て余し気味なため「己との対話」時間が激増するため、思い込みはさらに強くなりがちなのである。


よって、ひきこもりから社会復帰したい、もしくは健康的にひきこもりを続けたいなら、自分を客観的に見て、自分で自分に「君、それは考えすぎだよ」と意見できるようにならなければいけない。

それを声に出して言うようになったら、再び専門家がアップをはじめそうな気もするが、一人でいろんな考え方ができないと、ひきこもった上に陰謀論にハマる恐れがある。


ただし「悪い方向に考えすぎてしまう」という性質は、行きすぎるとひきこもりの原因になったり、専門家がベンチコート脱ぎ捨て軽いジャンプをはじめる事態になりかねないが、その性格自体が必ずしも悪い、というわけではない。


おそらく悪い方向に考えすぎな人のことを、「ネガティブ」と呼ぶのだと思う。

では「ポジティブ」になれば解決するかというと、そんなことはないはずだ。


まず「ポジティブになりたい」と思うこと自体、ネガティブな自分を否定しているのだから、その発想の時点で相当ネガティブである。

「ネガティブじゃなければ即死だった」と、ネガティブを肯定することこそが真のポジティブだ。

ネガティブな人間が無理にポジティブを目指すと、「ポジティブになれない自分を責め続ける」というこれ以上なくネガティブな状態になる恐れがある。

そもそも、ポジティブもネガティブも一長一短あり、必ずしもネガティブが悪でポジティブが善というわけではない。

ただネガティブに振り切り過ぎるのが問題なのだ。


つまり「ポジティブ」も過ぎれば毒ということである。

ネガティブな人間というのは相手の言葉を何でも否定的に捉えがちだが、逆にポジティブな人間は全て好意的に捉えがちなのである。


つまり「うるせえ」という意味で「元気があってよろしおすな」と言われたら、そのまんま「褒められた」と捉え、もっと元気になってしまったり、お茶漬けを出されても「いきなり手料理を振る舞うなんて俺のことを好きに違いない」という、事件につながりかねない勘違いをしてしまう恐れがある。

こういうタイプは、はっきり言わないことが美徳とされ「空気を読む」ことが求められる日本では逆に生きづらかったり「無神経」と思われてしまったりする。

しかし何せポジティブなため、無神経だと思われていることにも気づかず、自分のことを「ムードメーカー」と思っていたりするのだ。


つまり、ポジティブ過ぎる人間は自己評価と他人の評価が乖離しやすく、気が付いたら勘違い野郎として孤立している場合があるのだ。

片やネガティブな人間は周りに「使えない人間」と思われていたとしても、自己評価が「虫」だったりするので「自分が思っているよりは周囲に評価されている」ということになる。


またネガティブな人間は「何をするにも最悪の事態を考えがち」だが、この「最悪の事態を考える」というのは、リスク管理において、最も重要なことでもある。

つまり、事故を防ぐのはネガティブな発想なのだ。

もちろん成功をイメージすることも大事だが「成功することしか考えてない」と、成功以外の結果に対処できない、つまり「打たれ弱い」のである。

ここで失敗を「ダメだこりゃ!次行ってみよう!」で片づけられるほどポジティブなら良いが、中途半端なポジティブだと挫折から立ち直れない可能性がある。


逆にネガティブな人間はまず最悪の結果を考えるため、最悪な結果、もしくは想像を越えた最悪でないかぎり「思ったより良かった」ということになる。


だがもちろんネガティブが過ぎると「最悪を避けるためには”やらない”のが最善」という発想になり、行動力がゼロとなり、それこそひきこもりになってしまう。

行動力やチャレンジ精神に関しては、やはりポジティブな人間の方が優れている。


つまり、ネガとポジはどちらが良いというわけではなく「バランス」が大事なのだ。

ネガに行きすぎていると感じたら、ネガをポジに反転させようとするのではなく「目盛りを少しでもポジに寄せる」ことを考えた方が良い。


世の中には「バックで前進するタイプの人間」もいるのだ。そういうタイプが無理やりギアを前にして進もうとすると逆に後退し、船越の前を横切って東尋坊から落ちるだけなのである。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

★次回更新は7月9日(金)です。
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