社会学の力

文字数 1,060文字

 十数年越しの卒業論文を書いた。
 投稿時代、『シャガクに()け!』を書き上げたときの実感がこれだった。
「大学生の悩みを、社会学の知識で解決する」というのが、この小説のコンセプトだ。僕は大学時代、社会学部に所属しており、そこで学んだことを元に執筆した。
 社会学は(少なくとも、僕が学んだ大学の場合は)、ほかの学問とくらべて、誰もが身につけるべき基礎知識というものは少なく、それぞれの関心に基づいて勉強や研究ができるようになっていたため、非常に自由度が高かった。その代わり、大学を卒業したときに、社会学という学問をきちんと理解できたという確信は得られず、手ごたえを感じられないまま次のステージへ進むことになった。就職してからは、大学で得た知識が仕事に生かされることはなく、大学時代の記憶は日に日に薄れていった。
 本書を執筆したのも、社会学の魅力を世に広めたいという思いがあったからではない。社会学を用いたミステリーなんて前例がないだろうから選考委員は面白がってくれるかもしれない、という新人賞攻略のための作戦だった。面白い小説を書きたい、という欲求を満たすための手段として、社会学を取り上げたにすぎない。
 ただ、執筆を進めていくうちに、社会学という学問が持つ力に気づいていった。
 作中では、社会学の知見によって、窮地に立たされた人が救われたり、人生の岐路に立った人が生きる指針を手に入れたり、偏見に凝り固まっていた人が物の見方をがらりと変えたりしている。社会学を学ぶということは、人の生き方や考え方を変える力を手に入れることだったのではないだろうか、と成長していく登場人物の姿に気づかされた。そして、このような小説を書き上げることができた自分は、ちゃんとその力を手に入れていたのかもしれない、と自信を持つことができた。
 その後、この作品は新人賞を受賞し、僕は念願だった小説家デビューを果たした。社会学を学んだおかげで、本当に生き方が変わってしまった。
 社会学、恐るべし。



大石大(おおいし・だい)
1984年、秋田県生まれ。法政大学社会学部卒業。2019年『シャガクに訊け!』で第22回ボイルドエッグ新人賞を受賞し、同作でデビュー。他の著書に『いつものBarで、失恋の謎解きを』、『死神を祀る』がある。

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