第3回/福本伸行『人生を逆転する名言集』&「カイジ」スピンオフを読みました。

文字数 2,545文字

「オモコロ」所属の人気ライター【ダ・ヴィンチ・恐山】としての顔も持つ小説家の品田遊さんに、”最近読んで面白かった本”について語っていただくこの連載。


第3冊目は悪魔的人気コミック「カイジ」シリーズの作者・福本伸行氏のスピンオフ作品や『人生を逆転する名言集』について語ります。

「公式パロディ漫画」は、ひとつのジャンルとして成立していると言っていいほどバリエーションに富んでいる。


『北斗の拳』の絵柄そのままにギャグをする『北斗の拳イチゴ味』や、登場人物をそのまま中学校に置き換えた『進撃の巨人』スピンオフ漫画『進撃!巨人中学校』など、シリアスな作風をギャグに転化する手法は数多のスピンオフ作品を通じ親しまれている。


この手法は最近になって特に先鋭化し、新たな切り口でのスピンオフ作品が続々と生まれている。たとえば『名探偵コナン』のスピンオフ漫画『名探偵コナン 犯人の犯沢さん』では、全身真っ黒タイツな「犯人」を主人公としたギャグをやっているし、『金田一少年の事件簿』のスピンオフ漫画『金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿』においては、実現性に無理があるのではないかとたびたび指摘されてきた『金田一』シリーズのトリックを犯人視点で描くことで「殺人トリックを実行するのはものすごく大変である」という事実を描いている。2021年に連載が開始した『北斗の拳 世紀末ドラマ撮影伝』は「『北斗の拳』が存在しない世界で『北斗』が実写ドラマとして制作され、派手なアクションを特殊効果で再現する」というかなり入り組んだ設定だ。

 

かつて多くの公式パロディ漫画は、シリアスな作風との間に生まれるギャップを利用して笑いを生んでいたが、この頃はそれにとどまらず、ギャグを通じて原作が内包する要素を捉え直す段階に進んでいる。これはある意味でスピンオフギャグ漫画による批評的な試みだとも言えるのではないか。

 

特に強くその挑戦を感じるのが、福本伸行の漫画『賭博黙示録カイジ』の公式スピンオフ作品群だ。

 

『カイジ』スピンオフは『中間管理録トネガワ』、『1日外出録ハンチョウ』、そして最新作である『上京生活録イチジョウ』が存在する。いずれも本編において悪役を演じていたキャラクターをメインに据え、憎まれ役でしかなかった悪役たちの生活感に満ちた日常を描くギャグ漫画だ。『カイジ』のスタイルをそのままトレスしており、絵柄も原作とほとんど区別がつかない。私は、この作品に単なる「公式パロディ」という枠組み以上の魅力を感じている。

 

スピンオフをきっかけに改めて『カイジ』本編を読み返してみると、この伊藤カイジというやつは本当にどうしようもない若者だ。仕事もなくギャンブルに明け暮れ、高級車にイタズラをして回るくらいしか楽しみがない。しかし彼の「どうしようもなさ」の本質はそういう表層にはないことに、スピンオフ漫画との比較で初めて気がついた。


カイジには「生活を楽しむ」という才能がまるでないのだ。借金漬けの日々を楽しむなど困難だが、カイジの場合はそれ以前の問題に見える。基本的に彼はいつも飢えている。現状に不満を抱き、一発逆転の活路を探して目を血走らせている。賭博で状況を逆転する瞬間にだけ彼の瞳は生き生きと輝くのである。その輝きだけが彼を主人公たらしめている。


その一方で、スピンオフで描かれる利根川や大槻や一条といった悪役の面々は、日々に「楽しみ」を見出す名手だ。特に大槻の才能は特筆すべきで、地下の労働施設から外出できる貴重な1日を見事に使いこなす様が繰り返し描かれる。


スピンオフにカイジは登場しないが、彼らの生き方はカイジとの見事な対比になっている。地下労働施設に送られたカイジは劣悪な環境の中で怒りを滾らせ、逆転の芽を育てることだけに心血を注いでいたが、大槻は同じ環境の中での暮らしをエンジョイしていた。この差は、カイジと大槻の地位の違いだけでは説明できない。細部に目をやるという姿勢がカイジには欠落している。


『カイジ』スピンオフは原典への鋭い批評にもなっている。カイジの奥には現状に不満を抱え、のし上がるために命を賭ける飢えた魂がある。それこそがカイジという人間の魅力を形作る核だといっても過言ではない。しかし、スピンオフ作品群は悪役キャラを通じて「そこに幸福はあるのか」と問いかける。


利根川、大槻、一条は、それぞれカイジが向き合わなかった立場に生きる人間だ。利根川は「責任ある大人」を演じ、大槻は「労働者」として暮らし、上京したばかりの若き一条は「出世を目指す若者」として努力しようとする。


福本作品は「言葉」が読者を惹きつける。『人生を逆転する名言集』のように独立した新書がいくつも出版されているほどだ。その言葉の中には「生きがい」に関するものも多々ある。


福本伸行の作品『天-天和通りの快男児』において、死を目前にしたアカギは「ただ…やる事…その熱…行為そのものが…生きるってこと………! 実ってヤツだ…!」(18巻)と語っている。「実」は重要な概念で、福本作品の多くはギャンブルを通じて「実」を求める歪んだ人間を描いてきた。日常生活の機微を描く『カイジ』スピンオフシリーズでは、悪役キャラの生活を通じて「実」を描く。そして、賭博に明け暮れて何度となく浮き沈みを繰り返すカイジが、この「実」を取り落としていることを間接的に示す。


その意味で、一連の『カイジ』スピンオフは単なる番外編的なパロディギャグではない。福本作品が描いてきたテーマの中核を新しい手法で描写する「本編」に匹敵する力がある。

書き手:品田遊(ダ・ヴィンチ・恐山)

小説家・ライター。株式会社バーグハンバーグバーグ社員。代表作に『名称未設定ファイル』(キノブックス)、『止まりだしたら走らない』(リトルモア)など。

【Twitter】@d_v_osorezan@d_d_osorezan@shinadayu

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