第95話

文字数 2,361文字

ひきこもりお得意のインターネットで、ひきこもりの情報を集めてひきこもりの原稿を描くという、飢饉の共食いみたいな真似を続けてきたが、正直「ひきこもり」で検索しても、深刻で暗いニュースばかりヒットするので辟易している。


私が求めているのはひきこもりを肯定する明るいニュースだ。

よって今回は「ひきこもり 朗報」で検索してみた。

「セックス」だけではどうにもならず「セックス ヤれる」で検索してしまうような末期だ。


しかし、結論から言うと、本当に朗報が見つかってしまったのだからインターネットは最高だ。こんな優れたものから離れて外出などという愚行を冒せという方が間違っている。


まず一つは、30年ひきこもった40代半ばの息子と暮らす老夫婦の相談の話だ。


まず、ひきこもり問題は家庭内だけで解決しようとすると「一家全滅エンド」というホラーゲームでプレイヤーが一番最初に到達するバッドエンドみたいになることも珍しくない。

まず外部に相談するという選択が正しい。


ただ、ここで少し意外なのが、この老夫婦が相談した先がFP、つまり「ファイナンシャルプランナー」なのである。


FPとは、ライフプランニングのアドバイスを行う人であり、主に資金計画や家計相談を受けつけている印象だ。

ちなみに「フィナンシャルプランナー」と誤字るのは、いつも心にフィナンシェがいる精神デブだ。


相談者は夫婦共に年金暮らし、ひきこもりの息子に月6万の小遣いを与えているが、毎年100万の赤字、このままでは五年で破綻してしまうので、どうしたらいいかと相談している。


それに対しFPはまず息子への小遣いが多すぎるので減額、さらに家賃が高いので引っ越しを提案、これでひとまず毎年の大赤字が解消できるとアドバイスをした。


これに対するネット上の反応は「いや、息子に小遣いやるな」「息子を働かせろ」と、半ば小馬鹿にしたようなものばかりであった。


確かにこの相談をされた100人中120人がそう答えるだろう。

しかし、それはひきこもりやひきこもりの家族当事者以外の感覚である。


この夫婦とて、息子がひきこもり過ぎておかしくなってしまい、119にかけなければいけないところを117にかけて現在の時刻を確認してしまう感覚で、他に相談すべき場所があるのにFPに相談してしまったわけではないと思う。


つまり、この夫婦は息子がひきこもりであることを「肯定」した上で、五年後やってくる家計的カスタトロフィをどう回避したら良いかを知りたくて、FPに相談しているのである。どうやったら息子がひきこもりをやめるか、など聞いていないのである。


それを考えればFPが、「息子の小遣いを減らして引っ越せば赤字がなくなり直近の破綻は回避できる」とアドバイスするのは正しい。

むしろ金をとる専門家が、「息子が働けばいい」などと誰でも言えることをいうのは、結婚相談所の人間が「イケメンになって年収1000万以上になれば結婚できます、ついでに身長も180cm以上にしておきましょう」とアドバイスするレベルの詐欺である。


だがこの「親がひきこもりの子供を肯定している」という状態を、「甘やかしている」という人もいる。


確かにそうかもしれないが、親が息子を肯定していることにより、この家庭はまだ「話し合い」が可能な状態にあるのだ。


実際このFPのアドバイスを元に今後のことについて家族会議したところ、息子の方から「小遣いは3万で良い」と申し出があったそうだ。

もし親子関係が悪かったら、会議に参加なんかしないだろうし、小遣い減額と言った時点で暴れているだろう。やはりこの親は息子のひきこもりに悩んではいても、それに対し否定はしてこなかったのだろう。

ここでも「小遣い云々ではなくお前が働け」という意見はあるだろうが、何せ30年もひきこもっているのだ、引きこもりをやめて働くというのはそう簡単にできることではない。

そんな難しいことを「5年で破綻」という爆弾を抱えたままでできるだろうか。

いきなり我が家は5年で破滅するから今すぐ働けと言われたら、「5年以内にお前らを殺して俺も死ぬ」という結論になっても不思議ではない。


それより、まず目前に迫る経済問題を家族一丸となって解決する方が先であろうし、それができるんだったらひきこもりの問題も解決できるかもしれない、という希望を感じる。

やはり「ひきこもりを否定しない」というのは大事なのだ。


ひきこもりの相談を外部にすると言ったらひきこもり支援団体に行きがちだが、とりあえずひきこもりであることは良しとして、家計問題を解決するというのは新しいアプローチである。


私もひきこもり自体を脱するつもりは今のところないので、もし外部に相談するとしたら、このままの状態でどうすれば死ぬまでひきこもりを続けられるかをアドバイスしてくれるFPな気がしてきた。


しかし、それに二の足を踏んでしまうのは、初手で「外に出て働け」と言われるかもしれないという恐怖があるからだ。


ひきこもりが相談を拒むのは、この「先手怒られ」を恐れているからでもある。


ネットの皆さんが口を揃えて言う「お前が外に出て働けば全部解決」という言葉は、実は一番ひきこもりを問題解決から遠ざける一言なのである。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

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