『バグダードのフランケンシュタイン』/あるいは現代のフランケンシュタイン

文字数 1,359文字

次に読む本を教えてくれる、『読書標識』。木曜更新担当は作家の千葉集さんです。

今回は『バグダードのフランケンシュタイン』について語ってくれました。

書き手:千葉集

作家。はてなブログ『名馬であれば馬のうち』で映画・小説・漫画・ゲームなどについて記事を書く。創元社noteで小説を不定期連載中。

謎めいた連続殺人事件。お互いに首を絞めあって死んだ四人の物乞いたち。情報局出身の准将が率いる、都市伝説や怪事件専門の政府秘密機関”追跡捜索局”。爆破テロで四散した複数の遺体を寄せ集めてできた不死身の怪物「名無しさん」。その怪物を操ろうと暗躍する元大統領直属の魔術師。


道具立てだけ眺めれば、伝奇小説のようです。しかし、そこは二〇〇五年のバグダード。空にはアメリカ軍機が飛んでいる。街では殺人やテロが横行している。


独裁者は倒れたものの発足したばかりの移行政府は頼りなく、フセインの亡霊たちや小悪党たちが陰に陽に跋扈して無力な市民を食い物にする。


そこに現れた「名無しさん」は声なき人々の叫びを代弁するかのように暴力をふるっていく……のですが、それが単純な勧善懲悪かといえばそうではなく、むしろ様々な政治勢力の思惑と絡み合って混迷を深めていきます。



さて、作者のアフマド・サアダーウィーが十代後半と二十代を過ごした1990年代のバグダードでは、読書行為そのものがアンダーグラウンドでした。国連からの制裁に伴う禁輸措置や政府の検閲によって満足に書物に手に入れることができなかったせいです。文学青年サアダーウィーは友人たちのネットワークを介して本や映画のコピーを手に入れていたといいます。そのなかに作中でも引用されているケネス・ブラナー監督版『フランケンシュタイン』もあったとか。


インタビューによれば、サアダーウィーは本書のことを「反戦のマニフェスト」「アメリカ支配時代、前(サダム・フセイン)政権、そして現政権に対する批判」として位置づけています。


そういえば、本書の元ネタとなったメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』には『あるいは現代のプロメテウス』という副題がついていますね。プロメテウスとはギリシャ神話の神のこと。主神ゼウスに逆らって火を盗んで人類に与え、その咎によって再生するはらわたを鷲についばまれつづけるという罰を課された義賊的反逆者であり、オウィディウスの『変身物語』によれば神の姿に似せて土から人間を造った創造主でもあります。


プロメテウスから火を与えられた人類は兵器を作り出し、戦争を行うようになりました。そうして戦争と支配がフランケンシュタインの怪物を時を経てふたたび蘇らせたのです。今度は、インゴルシュタットではなく、バグダードで。


ファンタスティックで謎に満ちた物語と、濃厚な人間模様、問いかけてくるような寓意、そして息遣いさえ聞こえてきそうな緻密なバグダードの描写で読書にひきこんでくれる一冊です。

『バグダードのフランケンシュタイン』アフマド・サアダーウィー/訳 柳谷あゆみ(集英社)

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