九月☆日

文字数 5,272文字

1日1冊、3年で1,000冊の本を読み、月産25万字を執筆し続ける小説家・斜線堂有紀。


謎めいた日常はどのようなものなのか――

その一端が今ここに明かされる。


毎月第一・第三月曜日、夕方17時に更新!

夕暮れどきを彩る漆黒の光・”オールナイト”読書日記が、本日も始まる。

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九月☆日

 新刊『廃遊園地の殺人』が出た。新刊が出る前後の小説家は繊細である。発売前のワクワクとドキドキはデビューから四年経っても全く慣れない。手に取ってもらえるだろうか、どんな風に読まれるのだろうかと考えると、いてもたってもいられないのだ。ところで、今回の新刊のタイトルはかなり直球である。「~の殺人」と付いていると、何だか逃げられない気がするのだが、結局シンプルに付けてしまった。(「~の殺人」「~殺人」「~殺人事件」は傑作が多いので、結構挑戦的なタイトルなのだ)


 そんな中でホリー・ジャクソン『自由研究には向かない殺人』を読む。地道な調査とそこで見つける小さな真相を繋げて意外な真実を明らかにする青春ミステリのお手本のような作品である。読み味がちょっとシリーズっぽい。


 主人公のピップは自由研究で、五年前に起きた事件を独自に再調査し、自分が淡い憧れを抱いていた相手の冤罪を晴らそうとする。その中で、ピップの調査は自分の町で起きた──今も起きている別軸の事件や、住人達の秘密を少しずつ紐解いていく。


 言ってしまえばオーソドックスで王道な青春ミステリだけれど、ピップのキャラクターと彼女を取り巻く友人や先輩達の魅力が物語をがっつりと引っ張ってくれている。ピップは賢いけれど、ちょっと向こう見ずで無神経なところもあって、けれどそれを反省することも出来る素直な探偵さんだ。彼女の相棒として動くのは、濡れ衣を着せられたまま死んでしまった兄の無実を信じるラヴィ。この二人のやり取りだけでも百点満点だ。調査が行き詰まってしまった時も、見えない脅迫者に窮地に立たされた時も、物語を彩るキュートなユーモアが心をフッと軽くしてくれる。弱気になった時に「なにをばかなことを。きみはただの女子高生なんかじゃない。きみはピッパ・クソ賢い・フィッツ=アモービだ」と言ってくれるワトソン役以上に頼りになるものなんていない。


 なんと『自由研究には向かない殺人』は三部作で、次作の翻訳も予定されているそうだ。これは本当に嬉しい! 大学に進学したピッパの活躍が今から楽しみでならない。ところで、私はミステリ三部作の三作目は、何故かやたら暗くなりがちだと思っているのだが、このシリーズはどうだろうか……。(先のも……)



九月◎日

 転居にもっと手間取ると思っていたのだが、意外なことに引っ越し先が見つかり、審査も無事に通った。不動産屋さんはすごい。審査をするにあたって職業を言わなくてはならず「小説家……ですね」と、答えると「大丈夫です。審査は歯医者さんでも落ちることがありますし、前科があっても通る時は通るんです」と返された。その話が出てくるということは、それは……それはつまり、どういうことだ……? と思ったのだが、無事に通った。ちなみに、オーナーさんの審査に必要なのでということでペンネームまで吐かせられることになった。穏当で丁寧な暮らしをしていそうなタイトルではなく、明らかに人が死にまくっている小説のタイトルばかりがヒットするのを見て、オーナーさんは不安に思うんじゃないだろうかと思ったが、意外とどうにかなった。感謝である。密室殺人を起こしそうだから無しです、と言われるかと思っていた。


 というわけで、引っ越しである。引っ越しに必要な全ての手続きのことを忘れてしまったので、あとは流れに身を任せるばかりだと思っていたのだが、十月半ばに入居してくださいと言われて戦いてしまった。こんな状況で引っ越しなんか出来るんだろうか。


 ともあれ、本の行き先が決まったので安心して本を買った。あらすじを見てからどうしても気になり、読むまでは寝られないと徹夜で読んだ平野俊彦『幸福の密室』だ


 入村者は絶対に幸せになるという長野県多幸村。疑念と共に村の調査に向かった愛子は、実際に幸福極まりない様子の村民達を目の当たりにする。お金か脅迫、あるいは宗教による行動規制、そうでなければドラッグを含む多幸感を沸き立たせる成分を含む何かを村人が接種しているはずだと疑う愛子が、多幸村の調査を続けている内に、幸せであるはずの村人達が相次いで死亡する事件が起こる……という物語。


 不思議な村で起こる奇妙な事件といえば、昨今では映画『ミッドサマー』が一番すんなりと連想されるだろう。本書の多幸村にもあれに似た不穏な平和がある。だが、ここの村民達は裏で余所者を迫害し、因習に囚われている……ということもない。多幸村の住人達は徹頭徹尾幸せで穏やかなのだ。愛子と村民が交わす会話も、なんだか田舎に帰った時を思い出すな……という、絶妙に現実的で穏やかなものである。けれど、こんなユートピアはやはりおかしいのだ。この村の「幸福」がただの「幸福」ではないことを裏付けるように、村民の中には幸福感からあぶれた人間もいる。一体、この村には何があるのか?


 村全体を覆う「幸福の密室」の正体は、物語の後半できっちりと明かされる。それに伴って明らかにされる次なる真実と人々の選択も含めて面白い。読み終えた後に、タイトルに納得のいく小説はいいものだ。



九月▽日

 アンソニー・ホロヴィッツを読む時に、私はいつも身構えている。ホロヴィッツといえば、ここ数年毎年のように傑作を出してはミステリランキング上位を掻っ攫っていく存在だ。あまりにも話題と上位を独占するので、ホロヴィッツが出る度に「また……またやるつもりか……!?」と、王者の来訪に怯えてしまう。


 けれど、それも仕方がない話なのかもしれない。ホロヴィッツ作品は……面白い……。ホロヴィッツの特徴といえば、その読みやすさである。翻訳小説の感想でよく出てくる「読みづらい」という感想が一切無い。するする読めてしまう。引きも完璧だし、キャラクターも魅力的だ。それでいて本格ミステリとしても最高に面白いのだから、これはベストセラーになるのもやむなしだ。ホロヴィッツは勝つべくして勝っている。私もホロヴィッツ作品が出るのを楽しみにしているし、毎年読むのが楽しみでたまらないのだ。スティーヴン・キング並に外れの無い、恐ろしい作家である。


 そういうわけで『ヨルガオ殺人事件』を読んだ。前作『カササギ殺人事件』で、自身が担当していた天才作家アラン・コンウェイに(間接的に)職場を潰されたスーザンが、クレタ島でホテル経営に悪戦苦闘しているところから物語は始まる。前回あれだけ奮闘していた彼女が、今度はホテルであくせくしているところに既に引き込まれてしまう。彼女が「自分の選択は正しかったのだろうか」と悩みつつ、火の車なホテルを切り盛りしているところに、「八年前の殺人事件の真相が、アラン・コンウェイの『愚行の代償』という本の中に隠されている」という話が舞い込んでくる。そして始まる、現実世界での謎解きと作中作『愚行の代償』での犯人当て。この二つが綺麗に絡み合うクライマックスは、やっぱりこのシリーズならではのものだ。(作中世界の評論家の『愚行の代償』への絶賛コメントを載せてから本文を掲載するのだから、正直心が強すぎると思った。その上で『愚行の代償』をダイジェストとかの体ではなくきっちり載せてくるのがすごい)


 そうして謎を解いていく過程で、悩めるスーザンのキャリアについてもきっちりと決着をつけてくるのが上手い。これでスーザンはアラン・コンウェイの呪縛から逃れられたのか──それとも数奇な運命は続いていくのだろうか。


 というわけで、今回の『ヨルガオ殺人事件』も面白かったのだが、こうしてスーザン/アティカス・ピュントシリーズを読むと、なんだかんだでホーソーンに会いたくなってしまうから不思議だ。あんな人格破綻者のレイシスト探偵に……。(余談だが、私は先輩に『メインテーマは殺人』を貸した時に「いつこのホーソーンという探偵がいい奴になるんだろうかって読み進めていったら、最後まで普通に性格が悪くて笑った」と言われた。その通りである)アティカス・ピュントシリーズが端正な本格ミステリである分、ホーソーンの毒っ気が欲しくなってしまうのだろうか。メルカトル鮎や三途川理に慣らされた読者みたいだ……。

(※編集部注:メルカトル鮎とは、麻耶雄嵩の作品に登場するシリーズ探偵。性格に難がある。

       三途川理とは、森川智喜の作品に登場するシリーズ探偵。性格に難がある)


 個人的にはもうホーソーンにはそのまま、あるがまま突き進んでほしい。全十作を読んだ後にも「こいつ全く変わらないな……」と言って笑いたい。ヨルガオを読み終えたすぐ後にそう思ってしまう私は、なんだかんだでホロヴィッツの大ファンなのかもしれない。



九月/日

 佐藤友哉先生の初期四部作(『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』『エナメルを塗った魂の比重 鏡稜子ときせかえ密室』『水没ピアノ 鏡創士がひきもどす犯罪』『クリスマス・テロル invisible × inventor』)が星海社から復刊されることになった。これらの名作は、全人類必読の一冊でありながら新品を入手するのが少々難しかった為、今回は待望の復刊となる。なんと嬉しいことだろうか。今回は復刊に際してクラウドファンディングの方も行われるので、佐藤友哉先生のファンやこれからファンになる方は良ければチェックしてほしい。


 今回の復刊には私も微力ながら力添えをさせて頂くことになっている。復刊した『フリッカー式』の解説や鏡家サーガのトリビュート短篇小説を書いたり、担当編集である太田さんと佐藤友哉作品に関する熱いトークを交わしたりする予定だ。私はもう自分が売れるものは全て売ってこの復刊を実現させたと言っても過言ではない。骨の髄まで捧げるプロジェクトである。


 ともあれ魂を売り渡し、とうとう佐藤友哉先生の初期四部作が復刊することになったというのは──正直、大変嬉しい。私はここの一助になる為に作家になったのかもしれないと本気で思った。しかもトリビュート小説! 私は中学生の頃、自作の小説に鏡稜子さんを出演させたりしていたので、全てが繋がっている……という気分になる。


 インタビューなどで「作家になろうと決めたきっかけは?」「一番影響を受けた本は?」と尋ねられる度に、私は佐藤友哉先生の『フリッカー式』の名前を挙げてきた。中学生の頃に佐藤友哉先生の本を読んでいなかったら、きっと私は小説家になろうとはしていなかっただろう。そう思うと、一冊で人間の人生を変えてしまったのだから『フリッカー式』は偉大である。今の自分のこの感じや、大学で留年しまくっていたことを考えると、あそこで『フリッカー式』を読んでおいたお陰で、大人になって生きる術を見出すことが出来たとも言えるかもしれない。


 小説は凄いし、人間を変える。そのことを私は身を以て知っている人間である。


 太田さんにこの復刊プロジェクトの話をされた時に「佐藤友哉を読んで斜線堂有紀が生まれたみたいに斜線堂有紀を読んで、また新しい作家が生まれたらいいことじゃない。その意味でも、最初であるユヤタンを復刊するには大きい意味がある」と言われ、本当にその通りだな、と思った。私はまだまだ駆け出しの作家で、この度めでたく二〇周年を迎えた佐藤友哉とは比べものにならないけれど、私が細々と面白いものを書いていくことで、同じように誰かが小説家という楽しい地獄を目指すことになったらすごいことだ……と思う。


 なので、よかったら斜線堂有紀を生み出してしまった『フリッカー式』を手に取ってみてほしいと思う。小説的にどんなところが凄くて、それが私にどんな影響を与えたのかも事細かに解説で語っているので、解説とこの読書日記を照らし合わせてなるほどな、と思って貰えたら嬉しい。


 それにしても、クラウドファンディングでは佐藤友哉先生との世間話もリターンとして出されていて、正直応募しようか迷った。佐藤友哉先生との世間話が……私もしたい!

斜線堂有紀『廃遊園地の殺人』(実業之日本社)絶賛発売中です!


次回の更新は10月18日(月)17時です。

Written by 斜線堂有紀 

小説家。2016年、第23回電撃小説大賞にて“メディアワークス文庫賞”を受賞。受賞作『キネマ探偵カレイドミステリー』でデビュー。著作に『詐欺師は天使の顔をして』(講談社)、『恋に至る病』(メディアワークス文庫)、『ゴールデンタイムの消費期限』(祥伝社)などがある。2021年、『楽園とは探偵の不在なり』(早川書房)が本格ミステリ大賞にノミネートされ、注目を集める気鋭の書き手。

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