白骨に隠された謎 秘められていた子どもたちの記憶

文字数 2,610文字

話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!

そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。

ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。

今回の話題作

『琥珀の夏』辻村深月

この記事の文字数:1,947字

読むのにかかる時間:約3分54秒

文・構成:ふくだりょうこ

■POINT

カルト集団施設で見つかった白骨死体の謎

子ども社会のバランスの危うさ

大人が子どもに与える影響力

■カルト集団施設で見つかった白骨死体の謎


「急に、胸の真ん中に、ものすごく、悲しいような、苦しいような、自分でも言葉が見つからない気持ちの、大きな塊みたいものがこみあげてきて、ミカは泣き出した。」

 

 子どものころの時間は短く、はかなく、そして不自由だ。大人の手によって、あまりに簡単に変えられ、壊されてしまう。

 

 辻村深月の長編最新作『琥珀の夏』。

 弁護士として働く主人公の法子はもうすぐ三歳になる娘・藍子と夫の瑛士と暮らしていた。仕事は順調だが、藍子の保育園が決まらないことに頭を悩まされていた。そんなある日、彼女の耳にあるニュースが飛び込んでくる。「団体施設跡地で女児の白骨遺体発見か」。団体施設の名はかつてカルト集団と批判された「ミライの学校」。そこは、法子が小学校のころに夏合宿で参加した場所だった。

「もしその遺体が自分の知っている少女だったとしたら」

その瞬間まで「ミライの学校」のことも、夏合宿に参加したことも忘れていた法子だったが、報道をきっかけに小学生のときの記憶がよみがえる。

 事件の詳細が気になりつつも、日々の忙しさの中に消えていくと思っていたが、意外なところから法子は再び「ミライの学校」とその事件に関わっていくことになる。

■子ども社会のバランスの危うさ


 物語は、ミライの学校に関わった子どもの記憶、そして法子が事件の真相に迫っていく過程によって構成されている。

 子どもの当時の思い出をたどる章では法子と、法子がミライの学校で友人と認識し、憧れを抱いていた“ミカ”の視点で語られる。

 優等生だが、人付き合いがあまり得意ではなく、目立つグループに入りたいのに入れない法子。目立つグループに所属していたユイにミライの学校の夏合宿に誘われた法子はユイに誘われたという事実に喜び、迷いながらも参加を決める。

 

 ミカは気がついたらミライの学校にいた。そこにやってきたのは小さいころのこと。そのときから両親とは離れ、ほかの子どもたちと一緒に暮らしていた。

ミライの学校では自分たちの頭で考え、実行できる子どもを育てることを目指していたが、子どもの社会で起こる事柄はさほど変わらない。

 

 法子は合宿中に、誰と一緒に行動すればいいのか、と不安に思う。仲間外れのようになったら寂しいし、怖い。みんながかわいい水着を着ている中、自分だけスクール水着だったことも恥じる。学校と違う場所に来ても人の目を気にして生きてしまう。

 ミカのそばには、仲間外れにされている女の子の姿も。女子同士の秘密の話にドキドキしつつも、共有されることに優越感が見え隠れしていたり……。あまりのリアルさに自身の昔のことを思い出して、形容し難い気持ちにさせられる。法子とミカは友人関係になり、夏の合宿終わりの寄せ書きでは「ずっと友達」などと書き合ったりするが、「ずっと友達」でいられないことも我々は知っている。しかし、子どもは無邪気にそんな言葉を発してしまう。当時の気持ちや、何気ない言動が引き起こす罪悪感が大人になってからの自分に繋がる。

 法子が報道で過去の記憶が引きずり出されたように、私たちも作品によって同じ体験をしているのかもしれない。

■大人が子どもに与える影響力


 『琥珀の夏』では「親と子どもが暮らすこと」がひとつの大きな鍵になっている。

 子どもと離れて暮らすことを親はなんとも思わないのか。子どもの気持ちは? 幼かったころのミカは母親に会いたいと泣き、しゃくりあげた。

 法子も、大人になり母親となって、ミライの学校の態勢に疑問を抱く。その一方で自分は娘を保育園に預けることができない状況に絶望している。仕事は続けていけるのかという不安、子どもと一緒に過ごすほうがいいのではないか、という義母の言葉。その中で考える。保育園に子どもを預けようとする自分と、ミライの学校に子どもを預ける親たちとでは何が違うのか、と。

 事件を起こした「カルト集団」という設定から、自分とは関係のない話だと線を引いてしまいそうだが、今の現代社会が驚くほどに映し出されている。

 すべての人は子どもから、大人になる。その過程で自分たちが思っている以上に大人は子どもに対して力を持っている。そんな当たり前のはずの事実に気づかされるはずだ。

 

 白骨死体にまつわる謎を解くようにある人物から依頼を受けた法子は迷いながらも自身と向き合い、そして事件にまつわるあらゆることを徹底的に洗い直すことを決意する。子どもの繊細な信条、親としての葛藤を描きながらも、ミステリー作品としてもしっかりと楽しむことができる。500ページ越えという大作だが、1ページたりとも無駄のない構成に。ぜひ圧倒されて欲しい。


今回紹介した本は


『琥珀の夏』

辻村深月

文藝春秋

1980円(1800円+消費税)

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