子供は親を選んで生まれてくる……か?

文字数 1,059文字

 遠い昔、私が作中の柑奈と同じ六歳だったころ、実母は四十歳までに死ぬと口癖のように言っていた。美しいまま死にたい、と。
 それだけでも、あ、ヤバい人だな、というのは伝わると思うが、彼女は怒りの沸点が恐ろしく低く、些細なことで感情を爆発させた。外出した母の代わりに初めて米を研ぎ、褒めてもらえるかと思いきや、なぜ米を水に浸けておかないんだ!? とブチ切れられた。
 しかし世の中には、そんな母すら天使に思えるほど痛ましい事件があふれている。トラウマになるくらいキレられたけれど、それでも六歳の私はごはんを与えてもらえたのだから。
 子供は親を選んで生まれてくるという説は信じていない。でも、大人で心優しい母に育てられていたなら、この小説を書くことはおそらくなかっただろう。

『ウェンディのあやまち』は幼児置き去り餓死事件にまつわる三人の女たちの物語だ。キャバクラ嬢、女優になるチャンスをつかんだアニマルホーダー、ラブホテルの清掃員とタイプの異なる彼女たちもまた、親との間に少なからぬ問題を抱えている。

 どんな理由があろうとも、親しか頼るもののない幼い子供を放置するなんて、絶対にあってはならないことだ。だが書き進めながら、悪いのは本当に置き去りにした親だけなのだろうかと悩む自分がいた。子供を殺めてしまった親もまた被害者だなどと軽々に言うつもりはないが、そんな思いが最後の場面につながっていると思う。親子の呪縛は、簡単に解き放てるものではない。たとえ、親が死んだとしても。

 最悪の事態に至るまでの過程で、なにかがほんの少しでも違っていたら、蓮も柑奈もこれほどの地獄を見ずに済んだはずだ。例えば、傍観者たち。誰だって面倒なことは避けたいし、怖いことには巻き込まれたくない。けれど、なにもしないという決断が、自分を一生苦しめる結果を招くことだってある。この物語を読んで、なにかを感じてもらえたら嬉しい。

 ちなみに、美しいまま四十歳までに死ぬとのたまっていた実母は、傘寿を過ぎた今も毒を撒き散らしながら、そこそこ元気にまだ生きている。



美輪和音(みわ・かずね)
東京都生まれ。青山学院大学卒。大良美波子名義でテレビドラマ「美少女H」「笑顔の法則」や、映画〝着信アリ〟シリーズなどの脚本を手掛ける。2010年、「強欲な羊」で「第7回ミステリーズ! 新人賞」を受賞し、デビュー。他の作品に、『暗黒の羊』などがある。

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