脱走犯がやってくる 『つまらない住宅地のすべての家』評・瀧井朝世

文字数 1,006文字

(*小説宝石2021年5月号掲載)

『つまらない住宅地のすべての家』津村記久子(双葉社)

 主要人物は20名以上。と聞けば「読んでいて混乱するかも」と思われるかもしれないが、大丈夫。読み進めていくうちに、一人一人のキャラクターがくっきり浮かび上がり、それぞれの言動が互いに影響を与え合っていく様にひき込まれるはず。登場人物の数だけ、極上のドラマが楽しめる。


 関西のどこかにある、袋小路(ふくろこうじ)状の住宅地。隣人同士の関わりはあまりないが、ある日、刑務所から横領犯の女性が脱走したとニュースが流れ、この地域に動揺が走る。女性はこの地の出身で、どうやらこっちに向かっているらしいのだ。


 袋小路の10軒の家には、老夫婦の二人暮らしもいれば、一人暮らしの住民、三世帯家族もいる。それぞれそれなりに事情を抱えているのだが、不穏なのは、何やら少女誘拐を企(たくら)んでいる男や、言うことを聞かない息子を離れに閉じ込めようとしている親がいること。そんな事情を知らないまま、自治会長は用心のために交代制で見張りを立てることを提案、住民たちに協力を求める。そこから彼らの奇妙な交流が始まっていく。


 良からぬものがやってくる。そんな緊張感のなかで、ご近所さんの意外な顔を知って気持ちが動く人間もいれば、マイペースなままの人間もいる。


 逃亡犯は遠景に描かれるご近所さんストーリーかと思ったら、彼女の事情と逃走の過程も挿入される。彼女が脱走した目的は? 


 老若男女、ステレオタイプは一人もいない。個々人の人生模様を丁寧に構築して、いつしか逃亡犯も含め全員に感情移入させてしまう著者の筆力があっぱれ。終盤の、伏線が回収され化学反応が起きていく様子も痛快。ミステリー読みにもお薦めしたくなる、スリリングな一冊だ。

一篇一篇が完璧な注目の短篇集
『スモールワールズ』一穂ミチ(講談社)

 すでに話題を集めている短篇集。不妊や夫との関係に悩む女性と、家庭環境に恵まれない少年の出会い。実家に出戻った豪快な姉と、小心者の高校生の弟、クラスでのけ者にされている少女の触れ合い。刑務所にいる加害者と、被害者遺族の女性との往復書簡。父と娘の意外な再会―。切り口も文体もさまざまだが、どれも途中ではっとさせる展開が用意され、一篇一篇、しばし放心させる結末が待っている。期待MAXで読んだとしても、全編、予想外の上手さでねじ伏せられてしまうこと必至の話題作だ。

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