第19回 君のローンが! ずきゅんどきゅん 走り出し……

文字数 2,328文字

稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!


前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!


お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の新たなる旅が始まるーー。

古より続く持ち家VS賃貸の戦いだが、現在の日本の社会情勢からすると賃貸の方が優勢、というか持ち家を買うような奴は何やってもダメという意見が多い。


その意見は一理あるが、間違っている部分もある。

まず私は賃貸の頃から何をやってもダメだった。

よって、持ち家と何をやってもダメな奴の因果は実証されているわけではない。


ではどこに一理あるかというと、住宅ローンといっても所詮借金であり、それも合計数千万円を数十年に亘って払い続けるという大借金である。

金額だけならエスポワール号案件な負債を、持ち家というマストではないもののために自らすすんで背負うこと自体が、正気ではないということだ。

まだ、終身雇用と年功序列が生きていた時代なら良いが、それらはいつの間にかお亡くなりになっている。

よって、数十年間現在と同じ収入があること前提でローンを組む行為自体がギャンブルであり、さらに「将来昇給している」ことまで算段に入れているようなローンは、「大穴狙い」と言っても過言ではない。

それを外すと家が手に入らないのはもちろん、負債だけ残るという結果になりかねない。

運よく大穴を当てたとしても、現在日本は人口減少によって住宅や土地の価値は一等地でない限り買った時より上がることはなく、暴落していることも多い。


万馬券なはずなのにオッズは0.6みたいな状態なのだ。


つまり、今のご時世持ち家を買うのはハイリスクローリターンすぎる、ということである。


リスクを下げようと思ったら、払い切れる可能性を上げるしかない。

頭金を頭と言わず胴体レベルまで入れて、支払い期間を短くするか、最悪二馬力の一馬が故障しても持ち堪えられるぐらい、余裕のあるローンを組むかである。


逆にいえば、少しでもローンに不安要素があるなら無理して持ち家を持つ必要はない。


だが残念なことに、「これはヴィクトリアマイルのストレイトガールケイアイエレガント以来の万馬券」ぐらい完済困難なローンでも、銀行側は止めてくれないし、むしろ「大丈夫」と言って組ませてしまうケースの方が多いのである。


ハウスメーカー側は金を貸すのは自分ではないので、買わせてしまえばあとは野糞の山となれなのだ。

銀行などの金を貸す側も、払えないローンを組ませたところで回収できなくなり自分達が困りそうなものだが、営業も「後のことはいいからとりあえず契約を取れ」と、椅子の高さ調節部分を部長にガンガンに蹴られどんどんシャコタンにされているせいなのか、「完済年齢85歳」などのローンも「大丈夫」と言って組ませてしまう場合がある。


一体何を根拠に「大丈夫」なのかというと、前述の通り「今より給料が上がるはず」そして払いきれなくても「退職金」で完済できる、さらにどうしてもダメな場合は「子供に引き継ぐ」などの理由が挙げられる。


それでも渋るようなら、「完済してなくても死ねばチャラ」という隠し剣鬼の爪の登場である。

実際今より平均寿命が短かった時は「死に逃げ」も視野に入っていたらしいが、ご存じの通り現在は人生100年時代である。「完済年齢120歳」ぐらいにしないと死に逃げは確実ではない。


実際住宅ローンには「団体信用生命保険(団信)」という死ねばチャラ制度がある。

よって住宅ローンが厳しくなると、本気で妻が夫の死を願い始めたりするのだ。

せっかくマイホームが手に入っても、配偶者の死を神に祈る生活はあまり幸せではない気がする。


よって「ローンが通ったから払える」と思うのは間違いである。住宅ローンが通るのは、Rカードがなぜか無職でも作れるのと同じで、通そうと思えばどこかが通してくれるものなのだ。「無理なら誰かが止めてくれる」とは思わない方がいい。むしろ売る側はRevolution級の追い風しか起こさない。


つまりこのローンが無事払い切れるか否かは自分で判断するしかないのだが、住宅購入というのは結婚の次に人間の判断力を下げるため、まともな判断ができなくなっている場合が多い。


逆に少しぐらい判断力を失ってないと、住宅ローンなど怖くて組めない。


そう考えるとライフイベントというのは、人間の判断力を奪う害悪ばかりである。


だが、どれだけ熟考したところで数十年先の予定などたてられるわけがない。奇しくもコロナの出現で「信じられないようなことが起こり一瞬で生活が破綻する可能性がある」ということも実証されてしまった。


つまり、極論を申せば、一括で買えないなら住宅は持たない方が無難ということだ。


しかし、これらのリスクやデメリットは全て金銭的な問題である。

配偶者の死を願う生活も幸せとは言えないが、一家5人が数十年ワンルームで暮らす精神的苦痛を金額に換算したら、住宅ローンを越える場合もある。

子供が自分から生まれてきたとは思えぬほど元気だった場合、賃貸だと延々近所に頭を下げる生活になる場合もある。


つまり一般論がどうであろうと、己の家族構成や価値観、そして金銭的なことを考慮して自分で判断するしかない。


しかしどんな考察も、買った後では無意味である。


家を買う時だけは、感じるな、考えろ、そして買う前に考えろ。

カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

Twitterはこちら:@rosia29

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