令和探偵小説の進化と進化 「特殊設定ミステリー座談会」! 後編

文字数 5,510文字

魅力的な探偵像と華麗なロジックで、日々進化を続ける「探偵小説」。そこに近年では「特殊設定」と呼ばれるジャンルが活況を呈している。令和のミステリーはどこへ向かうのか。

相沢沙呼青崎有吾今村昌弘斜線堂有紀似鳥鶏――

気鋭の人気ミステリー作家たちに小説現代編集長のKもまざり、「特殊設定」ミステリについて語り明かす!


創刊60年にして初の完売で話題となった「小説現代9月号」に掲載された豪華座談会を3日連続で大公開!!


聞き手・構成:若林 踏

ジャンル外部の読者にも拡散し始めた“特殊設定ミステリ”

若林 これだけ定義や呼称について議論が交わされるほど、“特殊設定ミステリ”は成熟のときを迎えているといえます。

 その成熟を考える上で私が重要だな、と思っているのは、2000年代における特殊なルールを用いた頭脳バトルやデスゲーム、ギャンブルを描いた漫画・アニメの流行です。特殊ルールの頭脳バトル漫画で代表的なものを一つ挙げるならば、『DEATH NOTE』(大場つぐみ原作、小畑健漫画、集英社)ですね。


相沢 それについては僕も同意見です。というより「ようやくミステリが、漫画やアニメに追いついた」という感覚なんですよ。


青崎 それ、もの凄く良く分かります!


相沢 だって、世界に課されたルールを熟知しながら問題を解決していく、という形式の物語は漫画やアニメでは昔から山ほど書かれていたんですよ。ですが、ミステリ業界では今、「“特殊設定ミステリ”が盛り上がってますよね」と言っている。あえて厳しい意見を述べるとするなら「いや、それは他のジャンルから見ると周回遅れ」なのかもしれない。あくまで一般文芸のミステリ業界では、こういったジャンルがやや、亜流のように見られていたこともあるのでしょうか。


似鳥 先ほどギャンブル漫画という言葉も挙がっていましたが、例えば麻雀漫画では、特殊な能力を持った雀士たちによる麻雀バトルのような作品が昔から描かれていますよね。

 麻雀のルール以外に、読者に特殊なルールを覚えてもらった上で、それを駆使した知恵比べを楽しんでもらう、というお話。こういった作品はミステリ以外のジャンルでも多く書かれていると思います。「遊☆戯☆王」シリーズなどもまさにそうです。


相沢 能力バトル漫画やデスゲーム漫画の浸透は、本格ミステリが孕む「敷居の高さ」を下げてくれた役割もあったのかな、と感じます。自分たちの日常の延長線上にある、非日常的なルールを使うことで、「推理をすることって、こんなに楽しいことなんだ!」と思わせてくれる点が良かったのではないかと。


若林 なるほど。複雑な謎解きを楽しむ土台が、ジャンルのコアファン以外にもでき上がったということでしょうか?


相沢 はい。そういう意味では、僕の『medium 霊媒探偵城塚翡翠』(講談社)は“特殊設定ミステリ”というサブジャンルが広く受け入れられる土台が既にでき上がっていたからこそ、書けたし、受け入れられたものだと思っています。7月に刊行した続編の『invert 城塚翡翠倒叙集』(同)については、倒叙形式の可能性に色々とチャレンジしてみようと思った作品集なので、“特殊設定ミステリ”の要素は絡んでこないのですが……。

「城塚翡翠」シリーズができ上がったのも、それこそ今村さんの『屍人荘の殺人』が、ミステリマニア以外にも高く評価されたという前例があったからですよ。


今村 ありがとうございます。でも、その『屍人荘の殺人』だって実は土台があったから、コアなミステリファンの方以外にも支持をいただけたのではないか、と思っているんです。


若林 『屍人荘の殺人』にとっての土台とは何でしょうか?


今村 作中に出てくる“ある設定”についての認知度、というべきでしょうか。この“設定”はミステリ読者以外にも広く認知されていたからこそ、『屍人荘の殺人』を楽しんでいただけたのだと思います。


青崎 本格ミステリは、世の中にある物語の類型を謎解きに利用して遊ぶのが好きなジャンルです。裏を返せば、その類型が広く浸透するまでは謎解きのパーツとして有効に活用することができない。読者に“お約束”を理解してもらう必要があるんです。だからこそ、他のジャンルと比べて「周回遅れ」に見えるのかもしれません。


今村 これはちょっと編集者としての意見が知りたいので、編集長にお伺いします。

 これだけ“特殊設定ミステリ”が浸透している中、やはり以前と比べてこのジャンルの作品は受容のハードルが下がったな、と感じるときはありますか?


編集長 そうですね……。メフィスト賞の選考に10年以上携わった経験なども踏まえてお答えすると、メフィスト賞や講談社ノベルスでは、多くの“特殊設定ミステリ”の系譜に連なる作品が生み出されていました。

 なので、今の“特殊設定ミステリ”のブームが起こる以前でも、私自身はそれほど抵抗を感じなかったし、出版すること自体には何のハードルもありませんでした。

 ただ、一部のミステリ好きの方からは「変な設定のミステリではなく、王道で勝負してほしい」という反応もあったようには思います。今ではそういう反応はあまり見られなくなったので、確かに受容する読者側の意識もだいぶ変わったのではないでしょうか。


斜線堂 認知の広がり、という観点から考えると、“特殊設定ミステリ”は「粗筋のインパクトで読者を惹きつけることができる」という点が有利に働いていると思うんですね。

 なぜなら「インパクトのある粗筋の本を読みたい」というのは、コアなミステリ読者だけではなく、広くエンターテインメント小説を楽しみたいと思っている読者も抱いている欲求なので、“特殊設定ミステリ”は両方の読者層にアピールできるんですよ。


相沢 ああ、なるほど。さっき「ようやくミステリが、漫画やアニメに追いついた」という話をしましたけれど、ジャンル外の読者の視点から見れば「自分たちの興味を惹きつけるような作品をミステリが出してくれるようになった」という風に捉えることができるのか。


編集長 コアなミステリファン以外への作品のアピールについての話題になっていると思いますが、実は相沢さんの『medium 霊媒探偵城塚翡翠』は当初サブタイトルになっている『霊媒探偵 城塚翡翠』というタイトルのみで売り出す予定でした。しかし、社内の打ち合わせで「『霊媒探偵~』というタイトルでは、幅広い読者を獲得できるのか不安」という意見が出たんです。


青崎 えっ、でも神永学さんの「心霊探偵八雲」シリーズみたいなタイトルも普通にありますよね?


斜線堂 「心霊探偵八雲」も“特殊設定ミステリ”の嚆矢のひとつですよね。


相沢 僕も「『心霊探偵八雲』があれだけヒットしているのだから、『霊媒探偵』も有りなのでは?」と思っていました。

 そもそも、「刑事コロンボ」とか「古畑任三郎」とか、探偵役の名前をそのままタイトルにして当たったミステリ作品は沢山あるわけですよ。また、個人的には泡坂妻夫さんの「奇術探偵曾我佳城」シリーズへのオマージュも込めていましたから、このタイトルには強いこだわりがあったのですが、それでも「キャラクター色のないアルファベットのタイトルをつけた方が、もっと広い読者にアピールできるはず」と提案されたので、『medium』というタイトルをメインに据えることになったんです。


編集長 その「心霊探偵八雲」シリーズのスピンオフ最新作が、ちょうど今号に掲載されているのも奇縁を感じますが、「霊媒探偵」という言葉は、まさに“特殊設定”を表すタイトルで、その響きは単行本でミステリを楽しむ大人の読者には、ややライトに取られる可能性がある、という意見も確かにありました。結果的には『medium』は既存のミステリ読者に加えて、より多くのジャンル外のファンを獲得することができましたが、このようなキャラクター小説の要素が強いミステリが、コアなファン層を越えて広く愛される作品になったというのは、ミステリ業界内部の人間からすると非常に喜ばしいことだと思うんですよね。


似鳥 そうですね。その点で言えば、今村さんの『屍人荘の殺人』が映画化されたことも非常に大きいことだな、と私は思っています。ある意味でミステリジャンルのマニアックな趣向が映画化によって、より一般的な多くの人に親しまれるわけですから。


斜線堂 “特殊設定ミステリ”って、よく「ミステリを読みなれていない人にとってはハードルの高いサブジャンルである」という方向で語られがちな面があると思うのですけれど、私は逆だと考えているんです。

 どう考えても“特殊設定ミステリ”の方が、ミステリを読みなれていない読者にとっては入り込みやすい気がするんですよ。


青崎 ああ! 僕も逆だと思います。


相沢 それは先ほども話題に上がっていましたが、漫画やライトノベルで扱ってきたフィールドに近いからなんでしょうね。


青崎 あとはゲームの影響も大きいです。


斜線堂 そう! “特殊設定ミステリ”って、複雑なルールの提示が多いですが、そもそもゲームや漫画で、細かいルールを覚えたり、読んだりするのって、今の読者はみんなもう慣れていると思うんですよ。


青崎 もっと言うならば、そういう漫画やゲームに親しんだ人たちが成長してミステリの書き手になった、ということですよね。


若林 確かに、本格ミステリを読みなれていない読者の中には、オーソドックスな構成の謎解き小説を読んでも、なかなか事件が起きなかったりすると「我慢を強いられている」と感じる人がいるかもしれませんね。

 そうした読者を飽きさせないために、序盤から特殊な設定を披露して惹きつけるという効果もあると思います。


今村 言われてみればそうかもしれません。「人が死ぬ」以外にも、ストーリーに色々な動きを持たせることができるのが、“特殊設定ミステリ”の利点なのかも。


斜線堂 そうそう。今までミステリを読んだことない人に謎解き小説を読ませると、ときどき「いつになったら事件が起きるのか、じれったく思った」という感想をもらうこともありますからね。


若林 “特殊設定ミステリ”って当初は謎解き小説の中でもマニアックな試みだとずっと思っていたのですが、ある意味で謎解きの可能性を拡げる、実は懐の深いジャンルなのかも知れません。


今村 謎解きの可能性、という意味では「剣崎比留子」シリーズの最新作である『兇人邸の殺人』(東京創元社)でも、“ある要素”を取り入れることで、地方遊園地を舞台にした閉鎖状況に捻りを加えることができないかな、と考えながら書きました。


斜線堂 遊園地、ですか。実は9月に発売する私の新刊は『廃遊園地の殺人』(実業之日本社)というタイトルなんです。こちらは“特殊設定ミステリ”ではないのですが……。


若林 偶然にも遊園地という共通点が。話の流れだと、特殊なシンクロニシティの存在を感じます。

 それはさておき、“特殊設定ミステリ”の盛り上がりは単なるサブジャンルのブームではなく、謎解きミステリが袋小路に陥らないための工夫というか、チャレンジ精神の発露のような気もしてきます。


青崎 そうですね。現代では科学捜査がかなり進歩していて、これまでのような謎解き小説が成立しにくい部分も出てきているわけです。実際に探偵役が推理するよりも、科学的に捜査したほうが確実に犯人に迫れてしまいますから。

 そんななかで異世界を舞台にしたり、現実の世界に非現実的な要素を加えることで、謎解き小説のバリエーションを拡張しようという意識が芽生えているんだと思います。それが結果的に“特殊設定ミステリ”の隆盛につながっているのではないでしょうか。


編集長 “特殊設定ミステリ”の盛り上がりは、ミステリの新たな鉱脈の発見と言えるかもしれませんね。みなさんの新作“特殊設定ミステリ”も楽しみにしています。今日はありがとうございました。

(この座談会は、「小説現代」2021年9月号に掲載されたものになります。)

相沢沙呼(あいざわ・さこ)

2009年『午前零時のサンドリヨン』で第19回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。『小説の神様』は、読書家たちの心を震わせる青春小説として絶大な支持を受け、実写映画化。『medium 霊媒探偵城塚翡翠』でミステリーランキング5冠を獲得した。

青崎有吾(あおさき・ゆうご)

2012年『体育館の殺人』で第22回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。平成のクイーンと呼ばれる端正かつ流暢なロジックと、魅力的なキャラクターが持ち味で、新時代の本格ミステリ作家として注目を集めている。

今村昌弘(いまむら・まさひろ)

2017年『屍人荘の殺人』で第27回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。同作は「このミステリーがすごい!」など3つのランキングで第1位を獲得、第18回本格ミステリ大賞を受賞し、第15回本屋大賞第3位に選出。映画化、コミカライズもされた。2021年、テレビドラマ『ネメシス』に脚本協力として参加。

斜線堂有紀(しゃせんどう・ゆうき)

2016年『キネマ探偵カレイドミステリー』で第23回電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞しデビュー。2020年に発表した『楽園とは探偵の不在なり』でミステリランキングに多数ランクイン。

似鳥 鶏(にたどり・けい)

2006年に『理由あって冬に出る』で第16回鮎川哲也賞に佳作入選しデビュー。魅力的なキャラクターやユーモラスな文体で、軽妙な青春小説を上梓する一方、精緻な本格ミステリや、重厚な物語など、幅広い作風を持つ。

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