〈5月18日〉 伴名練

文字数 1,342文字

秘密の本


 絶対に、お姉ちゃんに見つかってはいけない。あたしの注文した監禁調教BL同人誌を。
 自宅マンションのエントランスホールで観葉植物の陰に隠れ、あたしは集合ポストを見守っている。誰が見ても挙動不審、時おり通りがかるマンション住民が怪訝な目を向けてくるけれど致し方ない。
 GWの同人誌即売会が中止になって、一部のサークルは新刊の通販を行った。あたしがSNSでフォローしている人気絵師・(つばめ)まろん先生もそうだ。新刊は冬にアニメが放送されたイケメンアイドルソーシャルゲームのR18二次創作本。先月一八歳になったあたしが、成人指定同人誌を買っても後ろ暗いことはないが、問題はお姉ちゃんだ。
 古風な文学少女めいた(たたず)まいの大学二年生。温厚だけど線が細く、悪い男に騙されないか心配な姉。親元を離れて二人暮らしできるくらい姉妹仲は良好で、あたしが真っ昼間に居間で深夜アニメの録画を観ていても、「この子可愛いね」なんて一般人らしい素朴な感想を言ってくれる。
 ただ、キスシーンが流れるだけで顔を真っ赤にする純真なお姉ちゃんが、ヤンデレ化した弟(一二歳)が無自覚誘い受け兄(一八歳)を監禁調教する一八歳未満お断り本をあたしが嗜もうとしていると知ったら、たぶんショック死する。そうでなくても翌日から合わせる顔が無い。
 注文の時に局留めにすべきだったのに、頭が回っていなかった。同人誌を初めて通販したら家族にバレたという悲鳴がSNSで複数上がって、やっと気づいたのだ。宛名は苗字しか書いておらず、先にお姉ちゃんが手に取ったら開けてしまう公算が高い。かくて連日、ここに張り付き郵便配達員を待ち構える事態となった。
 時間を確かめようとスマホを操作していたら、カコン、と音がした。急いでポストを検めると荷物がある。我が家に駆け戻り自室へ飛び込んだ時、玄関から「ただいま」の声。丁度お姉ちゃんも買い物から帰ってきたようで、間一髪だった。
 荷物の封が開けられた形跡もなく、中身は確かにお目当ての同人誌だった。安堵の息を吐いた後、違和感に気づく。切手が貼られていない。ならどうやって届いたんだ、この本は。
 居間に向かうと、ソファに座ったお姉ちゃんが不自然に冷や汗を流し、目を泳がせていたので、あたしはつい尋ねてしまった。
「もしかして……燕まろん先生?」
 羞恥の余り自室に立て(こも)った、燕まろん先生ことお姉ちゃんを(なだ)めすかして引きずり出すのに、一晩かかった。


伴名練(はんな・れん)
1988年生まれ。京都大学文学部卒。2010年、大学在学中に応募した「遠呪」で第17回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞。同年、受賞作の改題・改稿版を収録した『少女禁区』で作家デビュー。作品集『なめらかな世界と、その敵』は『SFが読みたい! 2020年版』で「ベストSF2019国内篇第1位」に選出された。2020年7月、編者をつとめるアンソロジー『日本SFの臨界点[怪奇篇]』 『日本SFの臨界点[恋愛篇]』を刊行予定。いまもっとも注目を集めるSF小説界の旗手。

【近著】

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