第70回

文字数 2,357文字

青空、きれい……煉獄のサマーシーズン到来。


快適な汚部屋の底から、インターネットのみんなにむかって吠えていく、夏。


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、

困難な時代のサバイブ術!

年齢的にも社会立場的にも私にワクチンが回ってくるのは60億番目だと思っていたのだが意外にも早く接種券が届いた。しかし噂通り予約が取れない。


急いで受ける必要があるかというと皆無であり、むしろもっと必要としている人に譲ってあげたいぐらいだ。もちろん送料の負担だけでいい。


ただ、全然急ぎではないのだが、とりあえず予約システム担当の方は中年の予約画面に「小児科」を表示させるのをやめてもらえないだろうか。

もちろん当方も自分が4歳児10個分の年齢であることは理解している。

数ある病院の中から小児科を選んで予約しようとは思わない。

しかし「小児科しか表示されない」となったら「ワンチャン」となってしまうのが人情というものだろう。


その結果「この医院では16歳以下しか予約できません」と表示されるのはお互い不幸でしかないし、そんな中年を量産するのはコロナ患者を増やすのと同じぐらい食い止めなければいけない。


そんなわけで未だに予約すらできていないのだが、今日実家に行ったところすでに2本キメている親から「病院の窓口に行けば普通に予約はとれる」と聞かされた。


私を育てた割には私のことをあまり理解していないようである。

前にも書いたがコミュ症には「ネットで予約できないものは諦める」という習性があるのだ。


最近は何でもネットで予約できるようになってきているし、コロナの影響でますます対人問い合わせは減ってきている。

しかし、病院や救急、警察など緊急性が高いものほど、未だに対人の連絡を求められることが多い。

流石にコミュ症でも、頭にボウガンが刺さるなどすれば、火事場の馬鹿力、もしくは脳が刺激されたことにより潜在能力が開花して病院に電話を入れることができるとは思う。

しかし、ワクチンの予約や健康診断の予約など、ボウガンを未然に防ぐ行為に関しては電話予約を渋るため結局ボウガンが刺さりがちなのである。


未だにオール電化が停電で詰んだり、素手で絞め殺すのが一番早かったりと「アナログしか勝たん」というシーンは多く存在する。

コミュニケーションも同様であり、どれだけ技術が発達しても、対面口頭じゃないとダメという時はあるし、そういう時に限って緊急性が高い。

よって、オール電化でも停電にそなえ懐中電灯を用意したり、チャカを持っていてもいざという時絞め殺せるように筋トレをしたりするのと同じように、ひきこもりになり全てのコミュニケーションをネットで済ませるようになっても、せめて「タスケテ」もしくは「コロシテ」ぐらい口頭で言えるように訓練しておかなければいけないのだ。


しかし筋肉が使わないと衰えるように、このコロナ禍により、対面コミュニケーション能力が衰えてしまった人は結構いるのではないかと思う。


ワクチン接種がはじまり、みんな「これでやっと元の生活に戻れるかも」と口では言っているが、意外と「元の生活」に戻ることを恐れている人は多いのではないだろうか。


もちろん病気の心配はなくなってほしいと思うが、感染防止の建前で、出勤、会議、飲み会、義実家への帰省を回避できた人間にとって、それらを行っていた「元の生活」に戻ると言うのは恐怖でしかないのではない気がする。


しかし、何故かワクチン接種が進んでいるはずなのに今現在感染者数は激増中である。

私の高度なプロファイリングによると、もしかしてこれはオリンピックを開いたからではないだろうか。

無観客とはいえ世界中から人を集めるという時点でそこそこ危ないと思うのだが、国民には不要不急の外出や会合をするなと言っておきながら、その口で「だがオリンピック、てめえはアリだ」と言って強行してしまったら、国民も「だったらこっちも好きにさせてもらう」となってしまい、特に用もないのに集合してしまっても致し方ないだろう。


そんなわけで「元の生活」に戻るのはもう少々時間がかかりそうだが、それでもいつかは戻るとは思う。


今回の一件で「薄々無駄だと気付いていたがコロナで本格的に無駄だと判明したもの」も多かったはずである。

コロナによって不自由になった部分は元に戻すべきだろうが、無駄まで戻すことはないだろう。

何らかの施設に収監されたことにより痩せたから、出所後デブに戻さなければいけないというわけではないのと同じだ。

痩せたままの方が良ければそれを維持した方がいいように、コロナ中に仕方なくはじめたことでも、そっちの方が良いならそのままにした方が良いのだ。

しかし、何となくコロナの影響がなくなったら、元のデブに戻ろうとする企業が多いような気がする。


会社の体制を個人で変えたり戻したりすることは難しいだろうが、「春の帰省は再開しなくていいな」など、コロナ後、防げるリバウンドは防いでいくべきだろう。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

★次回更新は9月3日(金)です。
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