あめつちのうた/朝倉宏景

文字数 1,289文字

大好きな小説のPOPを一枚一枚、

丁寧に描きつづけた男がいた。


何百枚、何千枚とPOPに”想い”を込め続けるうちに、

いつしか人々は彼を「POP王」と呼ぶようになった……。



……と、いうことで、”POP王”として知られる

敏腕書店員・アルパカ氏が、

お手製POPとともにイチオシ書籍をご紹介するコーナーです!


(※POPとは、書店でよく見られる小さな宣伝の掌サイズのチラシ)

2020年は特別な年だ。

誰もが経験のしたことのない日々を過ごしている。当たり前がそうでなくなり、「普通」や「日常」という言葉もこれまでとは違う意味を持つこととなった。


あるはずのものがそこにない。


夏の風物詩である甲子園。白球を追いかけていない者たちにとっても甲子園のない夏なんて考えられなかった。この例えようのない寂しさ。何と空虚な気分なのだろう。

そんな心にぽっかりと開いてしまった隙間を見事に埋めてくれるのが『あめつちのうた』だ。

まさに今こそ読まれるべき作品。たった一度しかない2020年の夏、この物語を読める幸せを噛みしめたい。

「雨降って地固まる」を小説にすれば『あめつちのうた』が出来上がる。

本当に真っ直ぐな想いが伝わる密度の濃い作品である。

登場人物たちはそれぞれに悩みを抱えている。生まれながらの性質、ままならない人間関係、叶わぬ夢の挫折……希望を失いかけ、まさに土砂降りの日々で鬱陶しい水たまりの中で時を過ごしている。

しかし立ち止まった時間は貴重で、水は乾いた人生に潤いを与えてくれる。その時間があるからこそ人間らしく成長でき、雨が激しいほどより強くなれるのだ。

「甲子園の土」はただの「土」ではない。伝統の象徴である。丹精込めて育てられ、様々な汗と涙と魂がつまった生き物だ。その土に特別な価値を与えたのは人である。

人にもそれぞれに個性があって輝く場所がある。そしてどんな生き方にも意味がある。人とは違う要素にも魅力がある。

この物語から教えられる人生の真理はたくさんあるのだ。

野球の試合が表と裏で成り立っているように人生という名のゲームもまた激しい攻防の連続だ。グラウンドの中だけでなくどんな場面においても、諦めることなくプライドを懸けて闘う姿は美しくて尊い。

野球はこの国の文化であり、甲子園は聖地であり、誰もが憧れる光溢れた最高峰の場所である。

しかしその舞台が眩しいほど影の部分の色が濃いのだ。たった一球で勝敗が分かれる。人生が変わるかもしれない。

究極の決戦場を整えるために汗水流す職人集団、それが「阪神園芸」だ。

知られざる裏方の仕事にスポットライトを向けたこの物語は、明暗渦巻く人生の岐路にたった若者たちの足元をも鮮やかに照らす。

先行きの見えない時代の中でもがき苦しむ、多くの人々の羅針盤ともなる力が漲った一冊だ。読めばきっと大空には爽やかな虹がかかり、明日への確かな一歩を踏み出す力を与えてくれるだろう。


強い生命力と熱いメッセージが伝わるこの小説は青春の塊。見事だ!

POP王

アルパカにして書店員。POPを描き続け、王の称号を得る。最近では動画にも出たりして好きな小説を布教しているらしい。

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