書店員がガチ推薦! 今月の平台 『こんぱるいろ、彼方』/椰月美智子

文字数 964文字

「平台」とは、書店の売り場で特に目立つ売り場のこと。


このコーナーではそこで「売りたい」イチオシ本を1冊PickUp!!


書店業界で働く書店員によるガチの書評をお届けします。


今月の1冊は、椰月美智子『こんぱるいろ、彼方』!

 スーパーの陳列棚に惣菜が並べられていく日常的な場面から物語は始まる。店員の真依子は、善良だがちょっと気の弱い女性だ。職場では日系ブラジル人の同僚に対する差別とパワハラに密かに心を痛め、家庭では反抗期の息子と正義感も気も強い大学生の娘に翻弄されているが、平穏な生活を送っている。


 ある日、娘の奈月がベトナム旅行に行くと言い出したことで、心が大きく揺れる。真依子には子どもたちに秘密にしていることがあった。彼女はベトナムで生まれ、幼い頃に家族とともに日本にやってきたボートピープルだったのだ。


 南ベトナム側の将校と結婚し幸福に暮らしていた真依子の母・スアンは、戦争後に自由を奪われ、家族とともに祖国を出た。今は春恵という名前を得て静かに暮らしている。ベトナムの記憶を持たず、母国語を話せない真依子は、戦争について学ぶこともしなかった。


 いじめにあうことを恐れ、子どもにはルーツを隠してきた。奈月は、その事実を伸びやかな感性で受け止める。国と家族の歴史を知ろうと、親族も友人も巻き込んで動く若い情熱と好奇心は、家族にも語れない思いを抱えて生きてきた祖母と母にも変化をもたらしていく。


 真依子と同世代の私は、子どもの頃に本や授業や報道でベトナム戦争を知った。自分と歳の変わらない子どもたちの命も危険にさらされたこと、戦争の傷跡に苦しみ続けている人がいることに心を痛めたが、彼らの背負ってきたものについて、もっと深く知ろうとしたことはなかったと思う。生きる場所を奪われる苦しみ、同じ国に暮らす人々が憎み合い攻撃し合うことの悲惨さ、他者の痛みを知ることの大切さが、世代の違う3人の経験を通して伝わってくる。


 もっと知らなければという気持ちと、自分の問題として考えなければという思いが湧いてきた。様々な立場の人々と共存して生きていくためには、柔軟さや少しの勇気が必要なのだと思う。これからの時代を生きていく上で重要なメッセージを、この一家から受け取ったような気がしている。

Written by

高頭佐和子

 (丸善丸の内本店)

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