第104回

文字数 2,363文字

ひきこもり処世術もこれで最終回だ。


上記の一文を書いた後、すでに半日が経過している。

普通100回も続いた連載の最終回ともなれば、言うことがたくさんありそうなものだが「あなたにとって呼吸とは?」と聞かれたところで「しないと死ぬからしている」としか答えられないし、義務教育を終えた人間なら「そういや魚って何で水の中にいるの?苦しくね?」とは今更思わないだろう。


私にとって「ひきこもり」は呼吸レベルで生きていくために自然に行っている行為なので改めて語ることなど最初から特にないのだ。

よってまず呼吸について100回も語った私を労ってほしい。


この連載が始まったのは、まだ人類がコロナに真剣にビビり散らかして時期であり、外出自粛要請も割と真面目に守っていた時期であった。


正直今でもコロナの危機が去ったとは言えないのだが、気が長いコロナさんに対し人間の方があまりにも飽きっぽく、自粛生活もあまり長続きはしなかった。


しかし、教会に連れてこられた4歳児並に持久力はなかったものの、全国民が外出自粛、つまり「ひきこもり」状態になった瞬間があったのも事実である。


その時期に始まったのがこの連載である。

今思えばビットコインを最高値の時に購入したようなもので、後は下がる一方でしかないテーマを選んでしまったような気もするが、とはいえお陰様でコロナ以降ひきこもりはシェアを伸ばすことに成功したそうである。


「コロナのせいでひきこもり問題が深刻化した」とも言えるのだが、単純にひきこもりの数が増えたことが深刻な問題というわけではない。

コロナの影響で職と収入を失い、ひきこもりになる人間が増えたというならそれは深刻な問題である。

しかしコロナの影響でリモートワークが普及し、外出する必要性がなくなったためひきこもりが増えたというならそれは問題ではなく、家から出ないというライフスタイルを選択する人が増えたというだけである。


おそらくコロナのひきこもりへの影響はその両方であり、ひきこもりの数自体も増やしたかもしれないが、逆にそんなひきこもりが家から出ずに生きる手段も増やしたような気がする。


以前であればひきこもり問題の解決というのはひきこもりを部屋の外に出し、その勢いで会社などに行かせることだったかもしれない。だが、リモートワークの普及により、無理に会社に行かなくても仕事はできるということが証明された今、「外に出る」ことはすでに人間にとってマストではないということである。


つまり皮肉にもコロナが保守的な日本のライフスタイルや働き方を強制的に多様化促進したといえる。

少なくとも、業務連絡にファックスを使うと諸外国に爆笑されると気付けただけでも大きすぎる一歩だ。

しかし、それでも国営放送が頑なにオリンピック選手への応援メッセージをファックスで募集してしまったため、ついに諸外国の反応は「時代遅れに対する嘲笑」から、「日本のファックス文化に対する感嘆」に変わってしまった。


ファックスを過去の遺物から文化財に昇華させたのもコロナの数少ない功績のうちの一つといえる。

つまり、どれだけ時代遅れで古臭いと言われようと、それを価値ある物とと信じて続ければ、それは伝統ある文化となり、逆に絶やさぬよう受け継がれていくものとなるのだ。


同様に「ひきこもり」もまだライフスタイルだと主張しても理解を得られないか、そういうギャグだと思われてしまうのが現状である。

しかし今のひきこもりがこれを真っ当な生き方の一つだと信じてひきこもり生活を続ければそれは本当に生き方の一つとなっていくのである。


今はその過渡期であり、現在のひきこもりの動向により、ひきこもりがライフスタイルになるか、今までどおり社会問題扱いになるかが決まると言っても過言ではない。


よって、今ひきこもっている人は卑屈になるのではなく、殴りたくなるぐらい堂々とひきこもりを続けてほしい。

パリコレでもたまに変質者以外何者でもない服が出てくるが、それを着たモデルの「堂々」によりそれが「世界最先端のファッション」であるという説得力になっているのだ。


同様にひきこもりも堂々としていれば周囲が勝手に「もしかしたらこれが今のイケてる生き方なのかも」と錯覚してくれるはずである。


しかし、人間の生活や状況、そして主義というのは時間と共に変化していくものである。


おしどり夫婦エッセイを書いていた人間が泥沼不倫離婚をすることもあれば、田舎でスローライフ最高と言っていた人間が数年後タワマン25階以上は虫が出なくて最高と言っている場合もある。


この連載も始まったときは、ひきこもり最高、ひきこもりは新しい生き方の一つだ、という主張だったが、時が経つことで「太陽を浴びない奴は脳も心も腐っている」という主張に変わったり、ひきこもり生活により心身の健康を害しセキュリティが厳重な病院でのひきこもり生活編がスタートし、読者を落胆させる可能性もゼロではなかった。


しかし、最終回を迎えた今、主張は全く変わっていないし、むしろ第1回目よりもさらにハードにひきこもっている、週一だった買い物も今や月一だ。


100回も呼吸について語り、読者の信頼も裏切らなかった私に今一度惜しみない拍手を送ってほしい。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

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