大人のショート・ショート①「アニマル個性装置」/井口貴史

文字数 2,640文字

あっという間に読めてあっと驚く結末。

5分で読める大人のためのショート・ショートがtreeで連載開始です!

ちょっぴりダークで不思議な世界をのぞいてみませんか。

「アニマル個性装置」

その猫は俺と身長が同じであった。本当に巨大な猫。そいつは同じクラスの吉田だ。巨大だけどかわいい三毛猫。もちろん以前の吉田は俺と同じ人型の姿をしていた。けど、今は違う。


「おい野口~」


と、俺の名前を呼ぶ時も「にゃ~」とアフレコをつけるのが一番似合っている。理由は簡単で、それは猫だからだ。2足歩行の175センチ。目の前にすると、やはり迫力がある。いまだに見慣れることはない。毛並みはとても奇麗で、目は鋭い。そして俊敏な身のこなしには野生を感じる。けれども時々吉田は毛繕いをしている。その姿はとても可愛らしい。顔には長いヒゲが生えていて、それがピンと真横に伸びている。もちろん服なんて着ていないが、いやらしくもなんともない。自然なのだ。以前、吉田が昼寝をしている時にヒゲを握ってみたらけたたましく怒ったことがあった。やはり通常の人間とは接し方を考えないといけない。


俺は高校2年生。クラスにはいろんな奴がいて面白い。俺はいたって普通の取り柄のない人間だ。しかし他の奴は違っていたりする。吉田は猫型の人間。佐伯はパンダ型の人間。


三原はサイ型の人間。鈴木は羊型の人間だったりするのだ。 俺には難しいことはよく分からないけれども、どうやら社会は世界的に転換期を迎えているんだって。そう、例の人工知能が目覚しく発達している。それが原因のひとつ。急激に科学が発展しているのには弊害がある。俺はまだ働いていないから詳細はよく分からないだけど、簡単に言えば人間の居場所がなくなっているそうだ。コンピューターが人間の代わりに働いているから、どんどん窮屈な時代になっている。そういった経緯から開発されたのがアニマル個性装置だ。


数年前から本校にも設置された。加速させすぎた人間社会の欲求。その欲求にブレーキをかける狙いがある。人間に動物の野生を入れて、新たな生き方が人間の生きる幅を増やすそうだ。平たく言えば、その方が人間の経済が回転するんだってさ。地球にも優しくなれるようだしね。


俺も来年は高校3年生。そろそろ将来を見据えて、個性を固めていかなければならない。 アニマル個性装置を使えば、動物と融合して特殊な能力を開眼させられる事ができるので就職にも有利だ。企業も目を向けており、草食系か肉食系かで応募資格を定めている会社もある。草食系の動物と融合した友達は、林業や環境問題の会社に就職したいそうだ。肉食系の吉田は俊敏な身のこなしを活かして、スポーツ選手やトレーナーを目指しているらしい。彼は大人だと思う。だってもう、自分の目標に向かって進んでいるのだから。


「なあ、野口?お前は大丈夫なのか?」


吉田が言う。


「え?ああ、就職の事?」

「そうだよ、今だに取り柄のない人間の姿のままだろ?」

「まあ、そうだな。俺もそろそろアニマル個性装置のことを考えている」


俺達は放課後のベンチで空を見上げながら語る。木陰の木々を通り抜けた風が気持ちよく吹き抜ける。


「お前好きな動物いないの?」

「なんで?」


吉田は目を丸くしながら話してくる。


「とりあえずさ、あれこれ考えずに好きな動物と融合しちゃいなよ。動物の能力は後からでも分るさ」

「…まあねえ」

「で、見つかった能力を伸ばしていく。で、就職に結びつける。んで、悩むことなんてなくなる訳、楽しくてハッピー」

「んー、そんなものかねえー」


俺は吉田が言わんとする事が良く分っていた。就職氷河期なのだ。生き残る為なら、生物として対応する力が求められる。いち早く個性を伸ばす準備が必要。

「でも一度融合しちゃうとさ、変えられないしさ。悩むよ」


俺は吉田のヒゲを見ながら言った。


「すぐ慣れるさ」


そう言うと吉田は猫背のまま立ち上がり、空を眩しそうに見つめた。


「俺はちょっとジュース買ってくる?野口は何か飲む?」

「え?あ、そう。俺は柑橘系の炭酸ジュースがいいな。じゃあ金渡すから適当に買って来てよ」

「あいよー、オーケー」


俺は学ランのポケットに入れてある財布を取り出した。それから小銭を吉田に渡す準備をする。


「うーん。百円玉はあるけど十円玉足りるかな…。えーと」


金を受け取ろうと出している吉田の手は、ピンクの肉球が柔らかそうだった。俺はあの肉球が獰猛なヒョウやチーターにもついているのだと思うと、なんだか可笑しく思ってしまった。しかし肉球を丸め、力を込めると鋭い爪が飛び出して…


俺はやはり温和で可愛らしい動物の方がいいのかなと悩んでいると、吉田が言った。


「野口、金!早く渡しなよ。おせーよ」

「おお、悪い悪い」


俺は吉田の肉球に優しく小銭を置いた。

吉田は小銭を受け取ると、表情は変わらなかったけどゴロゴロ喉を鳴らして踵を返した。

そして太陽の光の中、音も立てずに吉田は歩いて行く。学校の渡り廊下。遠くで見える、端っこを歩く吉田。

その姿を見て、そろそろ俺の進路も真剣に考えなくてはならないと感じた。


「あー、あー、どうすっかなー、俺、どうすっかなー」


ベンチにどっしりと腰掛けて、ギラギラ輝く太陽を睨んでいると、2組のカラス型人間の大森さんがゆっくり青空を飛んでいるところだった。


「人間とは悩む生き物だ」と誰かが言っていた気がする。とりあえずもう少し人間のまま悩んでみようか。


俺の目の前には、空と未来への想いが果てしなく広がっている。


井口貴史(いぐち・たかし)

兵庫県淡路島出身。東京都在住。
2018年より『5分後に意外な結末』シリーズ(株式会社 Gakken)や『意味がわかると鳥肌が立つ話』シリーズ(株式会社 Gakken)に参加。近著として2023年7月発売『5分後に意外な結末ex インディゴを乗せた旅の果て』(株式会社 Gakken)にて『見てる』と『ちっぽけ』を収載。主にショートショート作品を創作。
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