「畜犬談」/太宰治

文字数 1,721文字

イラスト/国樹由香
二匹の保護犬と暮らす、漫画家の国樹由香さんが、そのあふれんばかりのわんこ愛をそそぎ、紡いでくださる大好評連載「いつも犬(きみ)がいた」

同業のパートナー、喜国雅彦さんとの共著『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』第17回本格ミステリ大賞受賞をしている国樹さんが、「犬の出てくる面白い小説」をネタバレなしで紹介してくださる大好評連載の第25回目は、太宰治の「畜犬談」(短編集『きりぎりす』(新潮文庫)に収録)です!

 前々回に国樹は「(紹介するつもりで)面白く読んでいた本に出てくる犬が、結構な確率で死んでしまう」と嘆きました。

 無類の犬好きというものは世間が思う以上にデリケートなのです。そんな私がいちかばちかの賭けに出てみました。選んだのは、日本3大文豪の1人である太宰治の短編集『きりぎりす』(新潮文庫)に収録されている「畜犬談」です。

 小山清さんの短編集『落穂拾い・犬の生活』(ちくま文庫)の表題作「犬の生活」をこちらで取り上げたとき、師である太宰治も犬をテーマにした小説を書いていたことを知りました。

「犬の生活」は静かな優しさに満ちている大変素敵なお話だったのですが、どうやら「畜犬談」は全くベクトルが違う様子。
 心に不安がよぎります。自己破滅型の私小説作家として名高い太宰治が書く犬の物語に、ハッピーエンドはありえるのかと。

 とにかく読み始めました。冒頭からぶっ飛びます。

「私は、犬については自信がある。いつの日か、かならず喰いつかれるであろうという自信である。私は、きっと噛まれるにちがいない。自信があるのである。」

 いきなりそう来る!? このネガティブさ、さすが太宰治だと唖然とするやら感心するやら。それを皮切りに、いかに自分が犬という「猛獣」を忌み嫌っているかを延々と語り続けるのです。
 犬を悪く言う人を許せない私が、目を背けることも出来ず読み進めてしまうなんて。悪態も超一流と言えるでしょう。

 と言いつつ、作者の気持ちがわかる部分はありました。彼は犬を過剰に恐れているわけですが、昔の日本に必ずいた野良犬の集団は、確かに可愛いだけではすまなかったですから。

 犬に怯えたあげく考えついた秘策が、

「とにかく、犬に出逢うと、満面に微笑を湛えて、いささかも害心のないことを示すことにした。」

 今度はそう来る!? 本人が「軟弱外交」と呼ぶ方法は功を奏します。彼は犬たちに襲われるのではなく、慕われてしまうのでした。犬が大嫌いなのに。
 そんな戦々恐々とした日々を送るうち、1匹の真黒な小犬「ポチ」と暮らす羽目になり……。

 全編を通し犬に対する罵詈雑言で埋め尽くされていますし、コンプライアンスに厳しい令和ではありえない行動を次々と。もしかしてポチ死んじゃうの? と思うシーンさえありました。

 でも、驚くほど腹が立たないのです。むしろニヤニヤしてしまったくらい。何故かと考えるに、作者があまりにもツンデレだからとしか言いようがありません。

 愛の形はそれぞれ。ポチはきっと幸せになるんだろうなと、安心して本を閉じたことを記しておきます。
イラスト/国樹由香

国樹 由香(クニキ ユカ)

漫画描き。近年はエッセイも手がけている。ミステリとメタルと空手と犬が大好き。代表作に『こたくんとおひるね』『しばちゃん。』『犬と一緒に乗る舟』など。講談社文庫では、共著のメフィストの漫画』などがある。2021年、極真空手参段に昇段。メタルDJもこなす。2017年に『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』(喜国 雅彦と共著)で第17回本格ミステリ大賞受賞。


公式ツイッター→https://twitter.com/kunikikuni
公式インスタグラム→https://www.instagram.com/kunikikuni/

愛犬たちとパパとのツーショット!

「遥か昔の画像。金柑コンビも若いけれど、何より我が連れ合いが若くてびっくりです。」by国樹由香

金時(きんとき)
黒白のMIX犬/11歳/甘えん坊なシャイボーイ(怪我治療中)

「ぱぱとぼく」

柑奈(かんな)
茶色のMIX犬/9歳/自由に生きるおてんば姫

「ぱぱとわたし」

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