大河ドラマが2倍おもしろくなる! 林真理子『正妻 慶喜と美賀子』

文字数 2,451文字

みなさん、超話題の大河ドラマ『青天を衝け』は見ていますか? 日曜日が待ちきれない人も増えていそうですね。今日は読むと大河ドラマが2倍楽しくなる本について、さとゆみさんが書いてくださいました!

NHKの大河ドラマ『青天を衝け』が、面白い。

 

渋沢栄一の人生を描いたドラマなのだが、何が良いかって、草彅剛さん演じる徳川慶喜まわりの話がとても良い。

徳川15代将軍慶喜公というと、「結局何をしたかった人なのかわからない」といったイメージだったのだけど(失礼!)、今回のドラマを通して慶喜公の心のうちが迫ってきて、がぜん幕末の徳川家に興味がわいているにわかファンの、さとゆみと申します。

 

と、そんなとき、ドラマ評を連載しているミモレ編集部の方から

「さとゆみさん、大河に興味があるなら、この本が面白いですよ」

と、書籍が送られてきた。

 

『正妻 慶喜と美賀子』。

慶喜を、妻・美賀子目線で描いた林真理子さんの歴史小説だという。

 

早速ページを開いたら、とまらなかった。

とくに、ドラマでは???と思った、

「慶喜のもとに嫁いできた美賀子が、どうして刃物を振り回して乱心したのか?」

と、

「身篭っていたはずの子どもはどこにいった?」

問題と、

「あんなに相性悪そうだった2人が、いつの間にいい感じのパートナーになったの?」

的な部分が微に入り細に入り、物語られてる。

 

粘膜のひだとひだの間に指を差し入れて、ねっとりとなぞるような林真理子さんの筆致で、女の業のようなものが猛々しく立ち上がってくる。

「ああ、これは、殺したくもなるし、死にたくもなる」

と、美賀姫のご乱心を、私の脳ではなくて子宮が納得した。

ドラマを見て、美賀子の自殺未遂シーンが符に落ちなかった同志のみなさまにおかれましては、ぜひ、『正妻』で、女サイドの都合を知ってほしい。

『正妻』を読んでから『青天を衝け』を見ると、慶喜公の背後に女たちの気配を感じるようになる。時代と政治に翻弄されたのは、男ばかりではないのだな。そう思って見ると、ドラマも2倍おもしろい。

 

・・・・・・・・・・

 

ところで。

 

『正妻』を読んでいて思ったのは、「女が女であるだけで、人生ロシアンルーレット」だった時代は、わりと最近なのだなということだ。

 

『正妻』や『青天を衝け』は、たかだか160年ほど前の話。

かつての女たちは、嫁ぐ相手によって運命が左右されていた。戦国の世なら、寿命や死に方すら左右されていた。しかも、その相手は自分で選べない。その一方で、自分の結婚相手は自分以外の女も選べるときているのだ。

 

そして、身分の高い女性ほど、周囲の思惑で人生を左右される。慶喜公の正妻・美賀子も、そもそもある姫君の身代わりで江戸に嫁いだ。

『正妻』のもう一人の主人公、慶喜の愛人・バツイチのお芳が町人の出で、比較的自由に男性を選べたのに対して、美賀子の「自分の人生、人に決められる感」は、半端ない。

そんな時代が、たかだか160年ほど前まで歴然とあったのだ、と思う。

想像をたくましくすればするほど、その時代に女として生きることが、自分にできるだろうかと考えてしまう。美賀子よりも激しく発狂してしまうのではないだろうか。

 

と考える一方で、そんな“選べない”時代の女たちの、されど「置かれた場所で咲くのである」的な健気さやたくましさに、ほんの少しだけ羨ましさを感じる自分もいる。

 

いやもちろん、自由がなかった時代に戻りたいなどとは思わないし、戻ったほうが良いとも思わない。

ただ、いまの時代、“選べすぎ”て、苦しい。

政略結婚させられない。就職先も自分で決めていい。だけど、選べる自由があるからこそつきまとう“自己責任”は、ときどき辛い。選んだのは自分だろ。そう刃をつきつけられる人生は、それはそれでキツい。

 

だから、思いを馳せてしまうのだ。

ほとんどのことを自分で選べなかったであろう、慶喜の正妻・美賀子が、それでも自分で選べるわずかなことを選び取って最後は慶喜と2人で添い遂げた人生について。

側室たちが次々と生んだ慶喜の子どもたちの教育を一手に引き受け、育て上げた美賀子は、亡くなるとき、自分の一生を自分でどう評価していたのだろうな。

『正妻』を読み終わってから、しばらく考えている。これは一生答えが出ないやつだと思いながらも、こういったことを深く考えさせてくれる物語はありがたい。

自分は一人だけれど、自分以外の人生を生きさせてくれる小説は、人生を何倍かにしてくれる。

ドラマも相変わらず、『正妻』のおかげで2倍おもしろい。


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『青天を衝け』をもっと読みたい人たちは下記にGO!


「さとゆみの『ドラマな女たち』ヘア&メイクcheck」にて『青天を衝け』のヒロインたちを徹底解剖!

https://mi-mollet.com/articles/-/29937

佐藤友美(さとゆみ)


1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経て文筆業に転向。元東京富士大学客員准教授。

書籍ライターとして、ビジネス書、実用書、教育書等のライティングを担当する一方、独自の切り口で、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆している。「mi-mollet」では「さとゆみの『ドラマな女たち』ヘア&メイクcheck」と題したコラムを連載中。

https://mi-mollet.com/category/satoyumi-drama
イラストレーター: 

白ふくろう舎
会社員を経て2000年よりフリーイラストレーター・漫画家。書籍・広告・パッケージなど多方面で活動中。
http://46296.com/

『正妻 慶喜と美賀子』(上・下) 林真理子・著


幕府と朝廷の関係にも動乱の機運が高まる十五代家慶の治世。一条家の美しき姫美賀子は、英邁の噂轟く一橋慶喜に嫁いだ。「わしはどんなことがあっても将軍になどならぬ」信念を曲げない夫の奇矯な振る舞いに翻弄される美賀子は、ある哀しい決意を抱く。幕末の新たな一面を女性からの視点で描ききる、傑作大河小説!

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