サボテンと〈沼〉

文字数 1,090文字

 学生時代に旧日本海軍好きの友人がいた。
 戦国武将好きや『三国志』好きなど、好きな対象は違っても歴史ジャンル好きはどの学年にもいるものだが、彼女の場合一つの海戦名を出せば艦名、艦長名はもちろん開戦日時から戦闘経過まですらすら出てくる。あまりに詳しいので驚いて、「すごい、マニアだね」と言うと、「いやあ、私なんかまだまだですよ。マニアだなんて恐れ多い、ただのオタクです」と返された。当時は、そうか、オタクの上位者がマニアなのか。上には上がいるのかと彼女の奥ゆかしさとジャンルの深さに感心した。
 今回、サボテン専門店を舞台とした話を書くことになり、ふとその時のことを思い出した。
 サボテンの世界ではどうだろう? と、書籍を開き、その世界の片りんをのぞいてみた。すると出てくるわ出てくるわ。何冊かサボテンの専門書を広げただけで数々のサボテンの名前と歴史、この道のプロというべき先人たちの名がずらりと並ぶ。現代ネット用語で、あるジャンルを好きにり抜け出せなくなることを沼にはまると言うそうだが、まさに沼。先人たちの生きざま、サボテンへの想い、これらを物語にすればどれほど熱くドラマチックになるだろうと、想像が膨らむ。
 そして彼らをそこまでどっぷりはまらせたサボテンたち。思い知った。真のマニアを前にすると、素人は自分の浅さ小ささを実感せざるを得ないと。
 サボテンは好きだが、残念ながら私はこの底のない沼に片足すら踏み込めていない。だが、だからこそ興味がわいた。もっとサボテンのことを知りたくなった。サボテン自体も奥が深いが、それに関わる人たちも奥が深いのである。
 今回、執筆した『神戸北野 僕とサボテンの女神様』には、そんな未知の世界に遭遇した素人の新鮮な驚きを込めてみた。
 この本が初サボテン本だという方にはサボテンという沼に興味を持つ一助としてもらえたら。そして(つう)の方々には「いや、ここはこうだよ。素人はこう思いがちなんだよなあ」「こんな時期もあったなあ」と懐かしく昔を思い出し、新たな会話を弾ませる一端にしてもらえたらと、心から願う。



藍川竜樹(あいかわ・たつき)
兵庫県出身、在住。やぎ座。著作に『古器旧物保存方つくも神蒐集録 わけあって交渉人の助手になりました』(マイナビ出版)、『目が覚めると百年後の後宮でした 後宮侍女紅玉』(二見書房)などがある。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み