書店員がガチ推薦! 今月の平台 『いいからしばらく黙ってろ!』/竹宮ゆゆこ

文字数 1,022文字

「平台」とは、書店の売り場で特に目立つ売り場のこと。


このコーナーではそこで「売りたい」イチオシ本を1冊PickUp!!


書店業界で働く書店員によるガチの書評をお届けします。


今月の1冊は、竹宮ゆゆこ『いいからしばらく黙ってろ!』!

映画や小説などのあらすじの中で常々疑問に思っていることがあることがある。


 「ひょんなことから○○することになり〜」の「ひょんなこと」ってなんやねんっ! と。 

 【意図しない、思いがけない出来事】いや、意味はわかるけどそういうことじゃない。

 

いまだかつて「ひょんなこと」に遭遇したこともなければ、劇的に人生が変わったこともない、至極平凡に生きている私にとって「ひょんなこと」とは何か恐ろしいもののような気がしていた。


本作『いいからしばらく黙ってろ!』の主人公・龍岡富士も、人生の絶望の淵にいるところで、「ひょんなこと」から弱小の劇団運営にかかわることになる。そこにいたのは、あきらめることにすっかり慣れていた富士とは正反対の、「俺たちはここにいる! 見やがれよ!」 と言わんばかりの(いや、実際言ってた)暑苦しい存在感の曲者ばかり。


さらにそこは「劇団という船の脇腹には直径何メートルもの大穴が空いていて、そこから中身がどんどん漏れ出している」状態。さっきまでいた絶望の淵から何にも好転してないけど大丈夫なのかと心配になる。


でもそこから物語の歯車は回りだす。それが前な のか後ろなのか、いいのか悪いのかはわからないけれ ど、爆音を上げて回りだす。もううるさいっと耳をふさいでも問答無用でふさいだ手を外され、もう見たくないっと目をふさいでもこれまた問答無用で瞼をこじあけられる。


暴力的なまでに魅惑的な展開にページをめくる手が止まらずに、最後には拍手喝采までしちゃってた。なんだこれ、すごいよこれ。

 

つまりは「ひょんなこと」って、立ち止まって動けなくなった時に、どんっと背中を押してくる何かのことで、壁にぶち当たって、谷底に突き落とされて、真っ暗闇に放り込まれた時、前でも後ろでも上でも下でもその場から動くきっかけのことなんだ。


私にも起こるかしら? いやでも絶望するのもちょっと……やっぱり遠慮しておきます。


劇薬青春小説の名にふさわしい、ちょっと危険で、でもくせになる一冊。 

Written by

小泉真規子

 (紀伊國屋書店梅田本店)

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