シンギュラリティ時代の警察小説

文字数 1,106文字

 一九八四年、いまから三七年前、映画『風の谷のナウシカ』を観て、漫画版を読んで熱狂して以来、両作品に通底しているテーマの一つ、行き過ぎた科学技術への不審が、人生のスタンスとしてすっかり根付いてしまった。
『ナウシカ』の中で、「火の七日間」と呼ばれる戦争によって文明を失った人類は、「腐海」と呼ばれる有毒な瘴気を吐き散らす森とそこに生息する大型の蟲たちに脅かされ、残されたわずかな土地にひっそりと暮らしている。「火の七日間」で登場する「巨神兵」の武器は核エネルギーを連想させ、「腐海」も蟲もかつて人類が遺伝子工学で生み出したものらしい。
 日本は核爆弾による被爆国であり、三・一一では原子力発電所が水素爆発を起こして、大規模な放射能汚染が起こった。かつては「神の領域」といわれた遺伝子操作はいまでは治療行為の名のもとに、容易に遺伝子を切り貼りできるゲノム編集が研究されているが、デザイナーベイビーの誕生は優生思想の復活になりかねないと、人間の受精卵への適用には国際的に待ったがかけられている。
 科学技術の力によって、わたしたちの暮らしがより楽に豊かになったことは間違いないが、負の側面も同時にもたらしていないだろうか。
 拙著『SCIS 科学犯罪捜査班 天才科学者・最上友紀子の挑戦』のテーマの一つもまた、行き過ぎた科学技術への不審であるが、『ナウシカ』から三七年経ったいまの状況を踏まえて考えてみると、科学技術はその歩みのスピードをさらに上げており、科学技術の進展を不審視するほうが不審であるかのような社会的風潮にある。
 二〇四五年には、シンギュラリティといって、人工知能が人類より賢い知能を生み出すことが可能になると言われている。人工知能に意識が生まれるかもしれないという科学者さえいる。科学技術の進歩の流れが止められないのであれば、その中でわたしたち人間はどう生きたらいいのか、そんなことも新たなテーマの一つとして加えられたらと願いながら執筆した。
 とはいえ、純粋に最新の科学技術を盛り込んだ事件の解決を楽しんでいただけましたら幸いです。



中村 啓(なかむら・ひらく)
東京都出身。第7回「このミステリーがすごい!」大賞・優秀賞を受賞し、『霊眼』(宝島社)にてデビュー。著書に『美術鑑定士・安斎洋人「鳥獣戯画」空白の絵巻」(宝島社)、『黒蟻 警視庁捜査第一課・蟻塚博史』『ZI-KILL 真夜中の殴殺魔』(中央公論新社)などがある。異色のサイエンスミステリー「SCIS 科学犯罪捜査班」シリーズで注目を浴びる。

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