50代で始める「小さくする」暮らし 前編

文字数 2,905文字

藤野嘉子さんへの取材を重ねながら、いずれは自分たちも暮らしを「小さくする」のだろうな、と漠然と考えていたライターの今泉愛子さん。ところがコロナ禍のリモートワークがきっかけで、思っていたよりもずっと早く、しかも都内と茨城県との二拠点生活をスタートすることに。50代ならではの「小さくする」暮らし、実際始めてみたら・・・?

 藤野嘉子先生が、「小さくする」暮らしを始めたのは、60歳を迎える直前のことでした。25年間住み続けた150㎡のマンションを売却し、65㎡の賃貸物件に引っ越したのです。この本をつくるにあたって、私はその一部始終を先生に取材し、文章にまとめました。

 私が感じた「小さくする」暮らしのいいところは、身の周りも心のなかもすっきりすること。ものを減らすためには、決断しなくてはいけません。必要なもの、必要でないものを選別していると、自分が大切にしたいものが見えてくるので、心のなかも自然とすっきりするのです。決断を繰り返すことで、自分自身のぶれない軸もできます。

 私もいつか必ず「小さくする」暮らしを実践しよう。そう思いつつも50代の私にとって「小さくする」暮らしは、まだまだ先のこと。しかるべきときがくれば、先生と同じように、家族で暮らしていた都内のマンションを手放し、都心に近い、小さなマンションに引っ越す、というのが、おおよそのプランでした。


 ところが、です。「小さくする」暮らしは、思うよりもうんと早くやってきました。思い描いていたのとは、まるで違う形で。コロナ禍でリモートワークが続いていた私と夫は、この春から、趣味を通じてなじみのあった茨城県土浦市で2LDK(56㎡)のマンションを借りて暮らすようになったのです。

 土浦で暮らすにあたり心に決めたのは、家具や電化製品、食器や日用品は本当に必要なものだけにするということ。足りないから、不便だからとすぐに買おうとしない。買うときはよく考える。藤野先生が実践していたことを、私も実践しました。

 冷蔵庫、洗濯機、炊飯器はサイズが小さなものをリサイクルショップで購入。食卓は、東京の家で余っていたPCデスクを代用し、棚は夫がDIY。カーテンは落ち着いてからオーダーしようと、ホームセンターですだれを買ってきて使っていたところ、このままで十分だと気づきそのまま。ソファとワインセラーは、やっぱりあった方がいい、と遅れて購入。

 とにかく慌てず、急がず。電化製品を選ぶポイントは、たくさん機能がついているものよりシンプルなもの。食器や調理器具は厳選する。そうやって暮らしを整えていくうちに、価値観がどんどん変わっていきました。

 ▼ホームセンターで買ったすだれとソファ▼

 50代の私は、いわゆるバブル世代。日本がイケイケだった時代をよく知っているためか拝金主義的なところがあり、どこかで「いいものは高くつく」と思っています。同時に「こだわることはいいことだ」とも。

 だから土浦で暮らすと決まったときは、どんなインテリアにしよう? とワクワク。何もないところに住み始めるのですから、カーテンもダイニングテーブルもソファも、自分の好みにぴったり合うものを揃えようと意気込んで、インテリア雑誌を買ったり、ネットであれこれチェックしたりしていました。

 だけど引っ越しが決まった頃、私は仕事が詰まっていたため身の回りのものはすべて間に合わせでスタート。落ち着いたらじっくり考えようと思っていましたが、次第に「これで十分」という気分に。私にとってインテリアは最優先事項だったのに、ここで一気に格下げ。これまで私がこだわってきたことって、一体なんだったんだろう? と不思議に思うくらいになりました。

 もちろんインテリアがどうでもよくなったわけではないのです。私なりの美意識は今もあるのですが、カタログを見比べたり何軒ものインテリアショップを回ったりしながら気に入るものを探す執念がなくなり、許容範囲が格段に広がりました。

 夫のDIYも、実のところこれまでは、大歓迎というわけではありませんでした。買ったもののほうが、見た目がよくて使いやすいと思っていたからです。だけど夫のDIY品は、見た目も使いやすさもそこまで悪くない。むしろスペースにあわせたサイズでつくってくれるので小さな家にはありがたいくらい。

 これが「足るを知る」ってことでしょうか。土浦で小さく暮らし始めたことで「あれもこれも」「もっともっと」という欲望が見事に削ぎ落とされたのです。

 ▼夫のDIY キッチンの棚▼

 住まいについての考え方も変わりました。子どもたちを含めた家族4人で暮らしていた東京の家の半分という広さは狭く感じないだろうかという不安もありましたが、まったく問題なし。スマホから音楽をBluetoothでイヤフォンに飛ばしても家中で音が届くのは、なかなかに便利です。

 東京のマンションにあったキッチンや風呂場の設備と比べると、こちらは賃貸物件なのでシンプルなもの。オートロックや宅配ロッカーもありませんが、これも問題なし。

 会社員の夫のリモートワークの行方がわからないため、完全な地方移住には踏み切れない状況ですが、ここで「小さくする」暮らしを体験したことで、肥大化していた私の美意識は、みるみるしぼみ、心のバブルは30年の時を経てようやく弾けました。

 私がもし、もっと先に東京で「小さくする」暮らしを実践していたら、インテリアにはそれなりにこだわったでしょう。だけど、「小さくする」やり方はいろいろあります。今はこだわりのなさが心地いい。

 これが、私が50代で始めた「小さくする」暮らしです。地方都市にあるこぢんまりとした家で必要最低限のものと暮らしながら、人生の後半戦に備えていこうと思います。


今泉愛子(いまいずみ・あいこ)

雑誌「Pen」の書評を2002年から担当。インタビューや書籍の構成ライターとしても活動している。手がけた書籍は『60歳からは「小さくする」暮らし』『60過ぎたらコンパクトに暮らす モノ・コトすべてを大より小に、重より軽に』藤野嘉子(講談社)、『獲る・守る・稼ぐ 週刊文春「危機突破」リーダー論』新谷学(光文社)、『死を受け入れること 生と死をめぐる対話』養老孟司・小堀鷗一郎(祥伝社)、『しょぼい生活革命』内田樹・えらいてんちょう(晶文社)、太田哲雄『アマゾンの料理人 世界一の“美味しい”を探して僕が行き着いた場所』(講談社)など。ランナーとして800mで日本一になったこともあり、長いブランクを経て、再び日本記録に挑戦中。

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