百人以上の信者から聞き取りした渾身作/『証し  日本のキリスト者』

文字数 1,369文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は内藤麻里子さんがとっておきのエッセイ・ノンフィクションをご紹介!

内藤麻里子さんが今回おススメするエッセイ・ノンフィクションは――

最相葉月『証し 日本のキリスト者』

です!


 クリスマスも初詣も、習俗として楽しんでいる。特定の信仰はないが、神仏に対する敬いの気持ちはある。そんなごく一般的な日本人だからこそ、キリスト教を通して、信仰とはどんなものかに分け入る本書にひかれた。


 タイトルの「証し」とは、「キリスト者が神からいただいた恵みを言葉や行動を通して人に伝えること」だという。カトリック、プロテスタント、正教、聖公会はじめ幅広い教派の聖職者から一般の信者まで、実に百三十五人が信仰に至る道や心情について語っている。現場の人々の声を徹底して聞くという、これまでの著者のアプローチは健在だ。千ページを超える大著である。この分量におののいたが、読み始めたらすぐにはまった。


 一人一人の語りが面白いのは言うまでもない。それ以上に、証言の集積というデータの力がすごかった。本書は十五章から成る。自身の罪と向き合う中で神とどう出会ったかを語る「回心」の章、神父や牧師、社会福祉施設の職員ら神の使徒として働くことを決意した人々の「献身」の章があれば、女性であることやLGBT、在日朝鮮人など「差別」の問題の章や、子どもを亡くしたり被災したりした人の「運命」の章もある。問題意識に応じたアンテナの立て方次第で、この証言集はいかようにも応えてくれる。それというのも最相葉月によって深く聞き取られ、簡にして要を得た生きたデータとなっているからだ。


 私は宗教とは何かにアンテナを張っていた。だから回心への道や、時折語られる奇跡体験の証言は見逃せなかった。「運命」などの章では、つらい経験をした人々に「神はいない」と思わないかと最相は繰り返し問う。彼らはほぼ、そうは思っていない。その理由を知って、キリスト教とはこういうものかとすごみを感じた。


 昨今、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の問題をきっかけに、カルトの規制に向けた動きがある。宗教は教えを広めるという使命を内在的に持っている。洗脳や搾取、カルトと言ってもどこからがそうなのか線引きは非常に難しいと、本書を読んで痛感した。宗教二世が信仰を背景にした虐待を訴えているが、本書にも例えば「牧師の子どもはいびつに育つ子が多い」との証言がある。牧師の仕事や生活を知るにつれ、その理由も理解できるがこれもやはり程度問題だ。


 宗教は盲信すれば済む話ではない。少なくとも本書のキリスト者は神に一対一で向き合い、全て委ねる一方で疑い、悩む姿を率直に語っている。信仰を持つことの厳しさと安心感に、具体的に触れる経験をした。そのうえ終章では、現在のコロナ禍、ウクライナ侵攻にも言及している。頭が下がる労作である。

この書評は「小説現代」2023年4月号に掲載されました。

内藤麻里子(ないとう・まりこ)

1959年生まれ。毎日新聞の名物記者として長年活躍。書評を始めとして様々な記事を手がける。定年退職後フリーランス書評家に。

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