〈5月2日〉 朝倉かすみ

文字数 1,091文字

 「祇園・櫻井チャンネル」を毎日観ている。祇園というお笑いコンビの櫻井健一朗さんのYouTubeチャンネルである。
 なぜ知ったのかは覚えていないが、元を辿ればゴミ屋敷の片付け動画になるはずだ。わたしはゴミ屋敷がどんどんきれいになっていく動画が大好きで、いくつかの業者のチャンネルを登録している。すると「おすすめ」にミニマルライフを送る人たちの動画があがってきて、そのなかに祇園・櫻井チャンネルの「35歳・独身・芸人」シリーズがあったのだと思う。櫻井さんはちょっとしたミニマリストなのだ。
 六畳のワンルームにお住まいである。彼の居室にありますものはベッドと、加湿器と、赤のYogibo Miniと、白のちゃぶ台のみである。テレビなどもあるらしいが、動画には出てこない。明るい色目のフローリングはぴかぴかと清潔で、狭い台所もすっきりと片付いている。
 今日は何の日か教えてくれ、おかえりと言ってくれるアレクサ、ベッドの下から出動し文句ひとついわず働くルンバ、お湯を沸かす青いティファールポット、とにかくかわいい洗濯乾燥機キューブルちゃん、材料を入れたら煮込んでくれるホットクック先生を始めとする家電たちと暮らす櫻井さんの日常がごく短い動画に仕上がっている。ほとんどの動画の音声は家電の作動音と櫻井さんの咀嚼音および身動きの音にかぎられる。
 ごはん、洗濯、掃除、五キロのウォーキング。櫻井さんのやっていることは毎日だいたい同じである。もちろんグラデーションはある。湿度が何%だかになったら加湿器は仕舞われるし、豆苗の再生栽培をおこなっていた時期もあったが、もっとも大きいのは櫻井さんの仕事に出かける日がだんだんと少なくなったことだろう。このところはずっと家にいるようだ。
 けれども動画の中の櫻井さんは、平気な顔つきでいつもとおんなじ日常を送っている。餃子を焼き、を食べ、ルンバを出動させる。
 こういう動画は、こんな折、とても助けになる。少なくともわたしには。「日常」が目視できるからだ。


朝倉かすみ(あさくら・かすみ) 
1960年北海道生まれ。2003年「コマドリさんのこと」で第37回北海道新聞文学賞受賞。2004年「肝、焼ける」で第72回小説現代新人賞を受賞。2009年『田村はまだか』で第30回吉川英治文学新人賞受賞。2019年『平場の月』で第32回山本周五郎賞受賞。その他の著書に『たそがれどきに見つけたもの』『満潮』『ぼくは朝日』など多数。

【近著】

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