『ヴィンテージガール』アルパカブックレビュー

文字数 3,008文字

「法医昆虫学捜査官」シリーズが人気の川瀬七緒さんの新シリーズ「仕立屋探偵桐ケ谷京介シリーズ」第1作『ヴィンテージガール』がはやくも文庫化!

専門知識に裏打ちされた上質のミステリーを、アルパカさんことブックジャーナリストこと内田剛さんがレビューしてくださいました!

『ヴィンテージガール  仕立屋探偵桐ヶ谷京介』読みどころ

                       ブックジャーナリスト 内田 剛

 川瀬七緒はタダならぬ作家である。

『よろずのことに気をつけよ』第57回江戸川乱歩賞を受賞し作家デビューしてから12年。「法医昆虫学捜査官シリーズ」で押しも押されぬ人気作家となった著者であるが文壇からの評価も実に高い。


 この『ヴィンテージガール』第4回細谷正充賞を受賞、さらに第75回日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門候補ともなった。さらに続編である『クローゼットファイル』所収「美しさの定義」第76回日本推理作家協会賞短編部門候補となるなど、その実力も図抜けているのだ。まさに今、新作を待ち望まれている作家のひとりである。

 

 物語は小さな仕立屋を営む桐ヶ谷京介が、偶然にもテレビの公開捜査番組で10年前に亡くなった身元不明の少女を目にしたことから始まる。時代遅れのデザインである遺留品のワンピース。その由来を生地や糸、手がけた職人に至るまで、綿密な調査によって紐解いていく。そうして名もなき彼女の肉声が微かな囁きではなく、力強く雄弁なメッセージとなって聞こえてくるのだ。


「服を見ればその人の受けた暴力や病気までがわかる」という桐ケ谷の特殊能力に対して、初めは懐疑的な警察も次第にその実力を認めて共同捜査のような形で連携をし、長きにわたって行き詰っていた捜査にも次第に光明が開けてくる。少女の身元と死の真相を追いかけるというスリリングな謎解きをしながら、止まっていた時計の針が動き出す音が、耳元で聞こえてくる。


 物語としての深み(コク)があれば、鋭い謎解きの妙(キレ)もある。それでいて溢れんばかりの服飾愛も随所から伝わってくる。冒頭からラストに至るまで一寸の無駄もなく、読みどころが極めて豊富なのだが、とりわけ主人公・桐ヶ谷京介に注目してもらいたい。


 さり気なく繰り出されるマニアックな専門知識にシビれつつ、クールな面差しの裏側には温かな人間味が感じられる。こうした魅力がこの物語の大きな「推し」ポイントである。不思議なまでにノラ猫が懐いてきたり、哀れな境遇の少女を思い浮かべては涙を流し続ける。(この涙の量は特筆すべき。)そんな親しみやすい姿から、人間の根源に流れている情愛を存分に感じさせるのだ。対照的な「理」と「情」を巧みに織り交ぜることによって、それぞれの感情を際立たせている。まさに冷静と情熱の世界観を鮮やかに見せつけているのである。


 縦糸と横糸のような光と闇が織りなす陰影の巧妙さは、善と悪とが交錯する物語全体からも滲み出ているが、それは舞台設定にも顕著に表れている。少女が亡くなった場所は悲劇の現場に相応しい、凍りつくような場所。震える小さな身体が目に浮かぶようだ。一方、「仕立屋探偵」の拠点は東京の高円寺商店街。都会の多くで失われてしまった人情が色濃く残るエリアである。過去の事件の冷たさ、現在の環境の温かさ。時の流れを交互に行き来し、読者は夢中でストーリーを楽しみ、いつの間にか人肌の温もりが恋しくなるはずだ。気づいた時には桐ヶ谷京介と同じ視線で哀れな少女を想い、その死の真相に触れるに至ってジワっと涙を流すに違いない。


 人間の営みの基本は「衣食住」であるが、なぜ「衣」が真っ先に挙げられているのだろうか。食べることは生きること、雨露をしのぐ住まいも大切である。しかし時代とともに変化し、人間の豊かな創造の産物である衣服は、人を人たらしめる重要なアイテムなのだ。


 仕立屋探偵から学ぶことはまだまだたくさんありそうである。

 シリーズ続編の『クローゼットファイル』は6つの難事件に立ち向かうという短編仕立て。登場人物たちのキャラクターの良さとスピーディーな展開の妙味が際立っており、まさに拍車がかかったような勢いを感じる。こうなれば読者は今後の続刊や映像化にも期待したくなるのは必然。


 これからも「仕立屋探偵桐ヶ谷京介」からまったく目が離せない。

川瀬七緒(かわせ・ななお)

1970年、福島県生まれ。文化服装学院服装科・デザイン専攻科卒。服飾デザイン会社に就職し、子供服のデザイナーに。デザインのかたわら2007年から小説の創作活動に入り、’11年、『よろずのことに気をつけよ』で第57回江戸川乱歩賞を受賞して作家デビュー。’21年に『ヴィンテージガール 仕立屋探偵 桐ヶ谷京介』(本書)で第4回細谷正充賞を受賞し、‛22年に同作が第75回日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門の候補となった。また‛23年に同シリーズの『クローゼットファイル』所収の「美しさの定義」が第76回日本推理作家協会賞短編部門の候補に。ロングセラーで大人気の「法医昆虫学捜査官」シリーズには、『147ヘルツの警鐘』(文庫化にあたり『法医昆虫学捜査官』に改題)から最新の『スワロウテイルの消失点』までの7作がある。ほかに『女學生奇譚』『賞金稼ぎスリーサム! 二重拘束のアリア』『うらんぼんの夜』『四日間家族』など。

内田 剛

ブックジャーナリスト。本屋大賞実行員会理事。約30年の書店勤務を経て、2020年よりフリーとなり文芸書を中心に各方面で読書普及活動を行なっている。これまでに書いたPOPは5000枚以上。全国学校図書館POPコンテストのアドバイザーとして学校や図書館でのワークショップも開催。著書に『POP王の本!』あり。
仕立屋探偵 桐ヶ谷京介シリーズ第1作!

服を見ればその人のすべてがわかる──

被害者の痕跡に寄り添って未解決事件の真相に迫る、乱歩賞作家の新機軸クライム・ミステリー!

東京の高円寺南商店街で小さな仕立て屋を営む桐ヶ谷京介は、美術解剖学と服飾の深い知識によって、服を見ればその人の受けた暴力や病気まで推測できる技術を持っていた。そんな京介が偶然テレビの公開捜査番組を目にする。10年前に起きた少女殺害事件で、犯人はおろか少女の身元さえわかっていないという。さらに、遺留品として映し出された奇妙な柄のワンピースが京介の心を捉える。10年前とは言え、あまりにデザインが時代遅れ過ぎるのだ。京介は翌日、同じ商店街にあるヴィンテージショップを訪ねる。1人で店を切り盛りする水森小春に公開捜査の動画を見せて、ワンピースのことを確かめるために。そして事件解明に繋がりそうな事実がわかり、京介は警察への接触を試みるが……。

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隠しても隠せない。服がすべてを自白してしまう。真犯人も、知りたくなかった過去も。

こんな解決見たことない! 迷宮入り事件を次々に看破する仕立屋探偵が挑む、6つの事件。

捨て子の着衣のリメイク痕、中学生の制服の不自然なシワ、饒舌に語り出すヴィンテージ生地ーーこの男には、人に見えない真相が見える。
大好評『ヴィンテージガール』に続く、仕立屋探偵・桐ヶ谷京介の事件簿!

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