大人のショート・ショート⑥「キミへの想い」／井口貴史
文字数 1,933文字
5分で読める大人のためのショート・ショート！
ちょっぴりダークで不思議な世界をのぞいてみませんか。
キミへの想い
「あー、さてさて」
公園のベンチでコンビニ弁当を食べる事にした。最近冬の兆しが強くなっているが、陽気が良く、外で食べるには最適だった。今日の昼ごはんは最近新しくコンビニで発売されたばかりの和風幕の内弁当だ。この和風幕の内弁当に付けられたタイトルが実にいい。
「和風幕の内弁当 キミへの想い」というタイトルなのだ。
そしてこの和風幕の内弁当の最大の魅力は、弁当の中にランダムで「キミへの想い」という手紙が入っているのだ。まあパターンは幾つかに限られているのだろうけれども、この「キミへの想い」を読みながら弁当を食べる。これはこれで、なかなか洒落っ気のある試みなのではないだろうか？いつもと違う昼食になる。私はそう思い購入したのだった。
「さてさて…」
私は弁当の包みを開けて、パチリと割り箸を割った。コンビニで温めてもらったばかりだったので、弁当からはすごく良い香りが立ち上った。
「あーいい感じ。で、これが「キミへの想い」か…えーと、さてさて」
私は「キミへの想い」を読む事にした。
キミへの想い
それは星空だった。
白い息は僕の呼吸の証。
公園のベンチは硬く、ただそこに設置されていた。
僕は吸い込まれるようにベンチに腰かけ、ジーンズの膝を抱え込んで、空を見上げる。
星。
星が輝いている。
流れ星なんて何年も見てないけど。
そんな事は特別問題ではない。
とりあえず星を眺める。
それがなんだか重要なんだ。
星は「ジワッ」と白い光を放っている…
ここ数年、ゆっくり星空なんて見上げていなかった。
ＰＣだのスマホだの携帯端末だのゲーム機器だの。
よく分からない所で人々の顔は暗闇の中、画面の光に照らし出されている。
青白く発光する顔達。
それが日常。
今世界中が停電になったら、人々は顔を青白く発光させて情報を得ようとするのだろうか。
僕も多分うろたえるだろう。
それでどうする？だから何か変わるのだろうか。
答えの無い問い。
僕は星を眺める。
星の光が地球まで届くには、膨大な時間が経過しているらしい。
誰が調べたのかは知らないけれど、あの「一光年」って距離の話。
九兆四千六百億キロメートル離れた星から地球に届くまでに一年。
これが「一光年」にあたるそうだ。
だから「一光年」離れた星の光は一年前に放たれた光。
それを僕は今リアルタイムで見ている。
もっと遠くから届く光もたくさんあるわけで。
スケールが大きければ大きい程、自分のスケールの小ささに気がつく訳で。
遠くで犬が吠えている。
近くの家から食器を洗う音が漏れている。
自由を求め、他人の静寂を奪うヤンキーのバイク音。
汚れた僕の靴紐。
錆びた空き缶。
ちぎられた求人情報誌。
誰も遊ばない遊具。
紐が切れて丸まったマスク。
あの星の光。
僕が子供だった頃から変わらず僕を照らしてくれている。
もう死滅してしまった星もあるだろうけれども、今も光を届けてくれる。
変わったのは僕の伸びる影の形と心情。
吐く息が空に届く前に白から黒に変わる。
僕が生きている時間。
それは何年か知らないし、知りたくも無い。
それでも、太陽に照らし出される時間は確かにある。
あの星。
あの星から地球はどのように見えているのだろう。
ちゃんと僕も「青」の一員になれているのかな。
先ほど自販機で買った缶コーヒー。
一口飲もうと栓を開けた。
その時…
「あっ、流れた。流れ星だ」
どこからやってきたの？星の欠片。
瞬時にキミの顔が夜空に。
頭の中で光る。
笑顔のキミ。
ポケットの中。
携帯電話を力強く握り締めるのは寒さのせいではない。
それは「キミへの想い」
「……」
けれども弁当はすっかり冷めてしまっていた。
井口貴史（いぐち・たかし）
兵庫県淡路島出身。東京都在住。2018年より『5分後に意外な結末』シリーズ(株式会社 Gakken)や『意味がわかると鳥肌が立つ話』シリーズ(株式会社 Gakken)に参加。近著として2023年7月発売『5分後に意外な結末ex インディゴを乗せた旅の果て』(株式会社 Gakken)にて『見てる』と『ちっぽけ』を収載。主にショートショート作品を創作。
胸熱の友情や家族愛、キュンとする恋バナ、身の毛がよだつサイコホラー。
たった5分で読めて、あっと驚く結末の20話のショート・ショートと、
ページをめくると驚きの結末が待ち受ける、全編イラストつき「5秒後に意外な結末」19話を収録。
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