『魔女の宅急便』/砂原浩太朗

文字数 1,415文字

8月27日(金)から、『劇場版 アーヤと魔女』がいよいよ全国ロードショーされますが、夏休みの夜といえば、そう、ジブリ映画ですよね!


「物語と出会えるサイト」treeでは、文芸業界で活躍する9名の作家に、イチオシ「ジブリ映画」についてアンケートを実施。素敵なエッセイとともにご回答いただきました!

9月4日まで毎日更新でお届けします。今回は砂原浩太朗さんです。

砂原浩太朗さんが好きな作品は……


『魔女の宅急便』

 「魔女の宅急便」に出会う前、ながいこと、ジブリ作品のいい観客ではなかった。


 そういうと、あまり接してこなかったのだろうと思われがちだが、事実はまったくの逆である。ここでいう「ジブリ作品」は、宮崎駿・高畑勲の両氏ならびに、その弟子すじの方々が創った作品というほどの広い意味。一九六九年生まれの私は、「アルプスの少女ハイジ」以降のほぼ全作をリアルタイムで観てきた。


 が、それはどちらかというと、スタンダードとして押さえている、といった趣がつよかったように思う。おおいに楽しみはしたものの、心から好きだというには、なにかが欠けていた。今にして振りかえれば、かすかにただよう教導的なにおいと、あまりにも迷いのない主人公たちの造形に距離を感じていたのかもしれない。


 そんな私が、はじめて本当に好きだと思えたジブリ作品が「魔女の宅急便」である。


 十三歳になった少女キキは、魔女の掟にしたがって両親のもとを離れる。海辺の町に居をさだめた彼女は、空飛ぶ魔法を生かして届け物の仕事をはじめるのだが……というストーリー。


 典型的な成長譚であり、挫折や逡巡が起こらぬはずはない。とくに印象的なのは、つぎのエピソード。上品で親切な老婦人から、孫にパイのお届けを頼まれたキキ。折しも降りはじめた雨のなか、ずぶ濡れになりながらも懸命に配達する。ところが、当の孫娘は「あたし、このパイ嫌いなのよね」と迷惑げ。キキははげしく落胆し、熱まで出して寝込んでしまう。


 この孫娘を「わるい子」と片づけるのは簡単だが、好みの合わない贈り物に当惑した経験は多くの人が持っているはず。たとえ悪意がなくとも不幸な食い違いは生じるし、力を尽くしたことが常に報われるとはかぎらない。それが少女の直面した現実だったということだろう。少なくとも、私はそう受け取った。


 当のキキも迷いに満ちている。好意を抱きはじめた少年がほかの女の子と仲よくしているのを見て嫉妬に駆られ、魔法が弱まってしまう。これを取りもどす過程がクライマックスとなるのだが、少女が辿りついたのは、たんなる原状回復でなく、苦悩と逡巡を経た再生というべきである。みごとなビルドゥングス・ロマン(成長物語)というほかない。

砂原浩太朗(すなはら・こうたろう)

1969年生まれ。兵庫県神戸市出身。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社勤務を経て、フリーのライター・編集・校正者となる。2016年、第2回「決戦!小説大賞」を受賞し、『いのちがけ 加賀百万石の礎』で単行本デビュー。2作目の時代小説『高瀬庄左衛門御留書』が、第34回山本周五郎賞、第165回直木賞の候補となる。

◎第165回直木賞候補作

◎「本の雑誌」2021年上半期ベスト10で第1位!!
美しく生きるとは、誇りを持ち続けるとは何かを問う、正統派時代小説。藤沢周平、乙川優三郎、葉室麟ら偉大な先達に連なる新星、ここに誕生。

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