メフィスト賞座談会2017VOL.2【前編】

メフィスト賞 座談会 2017VOL.2 【前編】

※メフィスト賞座談会……メフィスト賞を決める、編集者による座談会

【座談会メンバー紹介】

 本格ミステリマニア。古今東西ミステリの知識量が凄すぎる。
 警察ミステリ、時代小説など単行本作品の担当が多い。サザンとホークスのファン。
 講談社文庫編集部で数々のミステリを担当、世に送り出す。歴史好き。
 理系作品の関わりが多くリサーチ力も高い。第59回『線は、僕を描く』 担当。
 乗り鉄で鉄道ミステリ好き。第61回『#柚莉愛とかくれんぼ』担当。  
 理論と情熱とアイデアの講談社タイガ編集長。第58回『異セカイ系』担当。
 マンガ編集者歴12年。お菓子とゲームをこよなく愛する。
 文芸編集者歴11年。ジャニヲタ。ピンポイント参加。
U 投稿作を優しい言葉で鋭く批評する達人。第62回『法廷遊戯』担当。
 元児童本編集者。のっぽでソフトな外見で相手を油断させ鋭いパンチを繰り出す。
 ビー玉のような眼をした元文学少女。宮部みゆき氏の『ぼんくら』シリーズを愛す。
N 涙を誘う作品が特に好物。第57回『人間に向いてない』担当。
亥 エンタメなら何でも来いのオールラウンダー。座談会でのガヤは天下一品。
 ミス研出身。ミステリに強く、青春モノに甘い。第60回『絞首商會』担当。
 元マンガ編集の目線でメフィスト賞投稿作をメッタ斬り。洋楽ヲタ。

 元文三部長。ミステリからラテン文学まで知識の深さはは折り紙つき。

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 はい、座談会をはじめます。今回は何人かメンバーの入れ替えがありますので、ちゃっちゃか行こうね。あと、後半にいいお知らせあるみたいなので。まずは新しいメンバーふたりから。

火 十二年漫画部署にいまして、文芸は初です。火です。

木 文芸に来て十一年目、木です。

 じゃあ、つぎは新天地に旅立つ地さん。

地 去年来たはずなのに、わずか一年で異動となりました……。一番の心残りは、Yさん、亥君、金君と相席居酒屋に行けなかったことです。Yさん、行くときは忘れずに呼んでくださいね。

 Yさんはともかく、なぜか置き土産のように熱い風評被害。

 はい、じゃあ、本編スタート。

亥 ……(テンション低いなあ)


デジタルとエロは水と油?


寅 じゃ、『現代密室のデジタル鑑識』から、午さんお願いします。

午 舞台は校内すべてがデジタル管理されている名門私立高校。図書室でひとりの教師が殺されます。監視カメラがあるので痕跡も残さずに殺人を行うことは不可能なはずが、カメラにはなんの記録も残されていなかった。事件を解明するために警視庁デジタル鑑識担当のふたりが捜査に派遣されます。一方で学園の自治を担い、理事長の孫が運営する組織である風紀委員会も独自に調査に乗り出す。殺人事件とあっては、学校の評判を落としてしまうので、彼らは秘密裡に殺人犯を排除しようと画策します。警察と風紀委員会、先に犯人に到達するのはどちらか、また犯人のトリックや目的はなんなのかがお話の概要です。設定が緻密でインターネットセキュリティ関連の用語がたくさんでてきますが、非常にわかりやすく丁寧に解説されており、おもしろく読めます。トリックもそれを応用してしっかりと考えられており、評価点です。いかがでしょうか。

寅 じゃ、金君から。

金 知識はおもしろいんだけど、その反面、風紀委員会のやり方がブラックを通り越してちょっと……。要はこれ色管理ですよね。

亥 色管理ってホストかよ。

 実力者を「お前オレの女な」とかいって支配して、一方でべつの女生徒にはキスだけ許して支配するわけですよ。堂々としたデジタルパートとの落差がとんでもない。まあ僕はけっこう好きなんですが……(笑)。あ、あとデジタルとトリックをからませると門外漢では文句がいえないのが嫌ですね!

P たしかに読者に納得してもらうのは難しいかも。

寅 じゃ、新メンバー火君にかましてもらおうか。

火 じゃあキツめなことを言いますが……トリックに関してはどうでもいいというか興味を持てませんでしたね。デジタル使えばまあなんとかできんだろと。

 機械万歳!

火 (無視して)あと問題の風紀委員会ですが、ほんとうに運営が杜撰。これじゃ風紀守れんだろ、革命起きるだろ。デジタル解説パートとエロゲパートで完全に別の人が書いている印象です。

金 エラリー・クイーンみたくふたりで書いている著者のようなので、使いわけているんでしょうね。

亥 ミステリマニアをアピールしたたとえをするな。

火 これだけ書き味がちがうので叙述トリック的な仕掛けがあるのかと思いましたが特にそういうこともなかったですね。

寅 じゃ、巳さん。

巳 あくまで犯人のまちがった思考として描かれてはいますが、差別を助長するのではないかと感じる箇所がありました。該博な知識を使い物語を形づくる作風だと思います。今回の作品は知識に重心が置かれ、肝心の物語が弱いと感じました。

子 好意的に読みましたが、この手の最新知識や技術を使うことは難しいですよね。十年後、いや来年にはもう古くなっているわけですし。そういう小説は過去にもあり、現代にまで残っている名作はありますが、魅力が知識だけというわけではありません。

 設定はいいけれど、ディテールに難ありという感じかな。次回作に期待しましょう。


ゆとり世代に尾崎豊はわからない?


 じゃ、つぎは『永遠のロタ』

 いつもあらすじが長いってせっかちの寅さんに怒られるんで手短にやります(笑)。あらすじ! 主人公は女子高生の祗崎藍果と音楽プロデューサーの吾朗。ふたりのもとに吾朗の高校の後輩から謎の依頼が来ます。それが音楽に隠された暗号を解いてほしいというものなんですが、一方で吾朗が手掛けた歌手を狙った連続殺人事件が……(以下細大漏らさず作品の魅力を含めて内容説明)……というお話です!

Y けっきょく長えよ。

 ではNさんから。

N 主人公がふたりいて、その関係性に隠された真相には、あ、こういう手もあったかと驚かされました。ただ物語上のつじつまを合わせるために、登場人物たちの倫理観が見事に犠牲になってしまっている。「ちょっとこの人、大丈夫?」と疑ってしまうくらいに(笑)。理屈は合っているけど、気持ちがついていかないのは小説として大きな欠点ではないでしょうか。

 キャラクターがみんな大人になり切れていない。よくいえば、ピュア。わるくいえば幼稚。だからこその背徳感みたいなものをつくろうとしたんだろうけど、まだ魅力的に描けてないかなあ。前半の物語はキャラクター設定のためだけにつくられている気がして、家族のドラマも大切だけどもう少し音楽ネタを読ませてほしかったな。それがこの方の強みだと思いますよ。

 なんだかよくわからない人たちが、よくわからない悩みを抱えていて、よくわからない事情で行動している。どう考えたって読みづらいはずなのに、不思議と楽しんでしまった。Pさんが指摘した「ピュアな」空気感を物語にしているから、むずがゆくてついていけない人は無理なんだろうなと思います。前半から後半にかけてどんどん登場人物たちの行動原理についていけず、読者が脱落する。でも、こういう幼いオトナって意外にいるんですよね。これはなかなかできることではないですよ!

Y お、評価たかい。金もそういうタイプだしね!

金 どんな煽りですか。でも、次回投稿いただけたなら、ぜひ僕が読みたいと思います。

 全員依存し合ってる空気に共感できるか、拒否反応がでるかでしょうね。

 なんか尾崎豊の歌詞みたいな結論になったね。


ネオ時代小説?
セカイ系『平家物語』?


寅 つぎ、『源行家とその他の人々』。金、どうぞ。

金 ひとことで言うと『平家物語』アナザーサイド。源平の争乱を源頼朝の叔父である源行家の視点から描いた物語です。この源行家という男、プライドはいっちょまえに高いわりに、能力がついてこない。でも、なんだかんだ戦では「ノリで」うまくいったりいかなかったりする。歴史小説としてはゆるく文章も粗いですが、行家のダメダメっぷりに不思議と好感を抱いてしまう。英雄劇になりきれない歴史のエピソードとして楽しく読みました。

亥 すごいペンネームですね。小栗Bて。

 近鉄バファローズにいた外国人選手ベンジャミン・オグリビーからって、かなり古いな(笑)。ブライアントと同じ頃にいたみたいだけど、活躍したのかな。

 文三屈指の野球好きの寅編集長も詳しくは知らないんですね。

寅 僕はソフトバンクファンだからね。

P 外来語があまりに続出しているのはさすがに気になりました。そういう歴史小説もないわけではないですよ! でもそれが必然となる工夫があるわけです。この作品は武将たちの会話のなかにも「ニュアンス」とかでてくる。ちょっとメモってみたんですが……(大きな手帳を取り出す)。ギャップ、プライド、ストーリー、アドバンテージ、ワードetc……とまあ、こんな感じです(笑)。意図的なのか天然なのか悩んでしまい集中できませんでした。

水 歴史小説とか歴史自体が好きな僕としては……うーん、けっこう噴飯ものでした(笑)。

 手厳しいですね。

水 いまはネオ歴史小説と呼ばれる少しファンタジーっぽい歴史ものがたくさんあり、そちらの方面に読者がいるというのもたしかなんですが、もう少し局所的でもよいので、下調べとか工夫がほしいですね。感覚が古いんでしょうか、僕なら座談会にあげないので、そのあたりの見解を推薦者の金君に訊いてみたいですね!

木 あまりにリアリティがなくてツッコミどころが多すぎますね。戦国時代や幕末とくらべるとわざわざマイナーな時代を取り上げた必然性も見えませんでした。

 正統的な歴史小説として読めば厳しい意見になるのもしかたありませんが、行家の魅力を描くキャラクター小説として読めば、納得できるところもある。著者が梗概で「行家のことをちょっとだけ好きになってもらえたら嬉しいです」と書いてましたが、この人物に惹かれる気持ちはちょっとわかる。時代の傍流にいる「何者でもない自分」を扱うという意味では、これはセカイ系『平家物語』なんでしょう。その企み自体は一定の成功を収めていると思います。

戌 外来語も使うなら思い切って使わないと。現状では非常に半端な使い方なので、狙っているのか、安直なのか、よくわからない印象です。おもしろそうなキャラクターはたくさんいますが、彼らも事前にこういう人なんですよ、と説明されるので興醒めしてしまう。もったいないですね。

 この時代って、天皇がいて源平がいてとわかりやすい構図のなかで、後白河法皇とか腹黒い人物が暗躍するのがおもしろいんですよね。そういう歴史の大きな流れのすみで頑張った行家を描きたかったんだろうけど、いかんせん小物感が……。個人的にはこういう人物に魅力を覚えないなあ。時代小説に求められるのは特にエンタメ性だから、もう少し爽快感や胸躍る展開がほしい。やっぱりこの時代だと(源)義経とかなのかね。

火 そりゃそうでしょう。

亥 やっぱり司馬(遼太郎)先生のチョイスはまちがいない。

金 小物感をかわいいと取れるかどうかがミソなんですよ。

 義経書いたら書いたで「司馬の義経が……」って比べられるのであえて外したんじゃないですかね。

 この人、小物だけど実はすごい人だったと読者に思わせないと厳しいですよね。小物が小物のまま終わってしまうわけですから。

 『のぼうの城』みたいな。

 栄光なき人物なんだけど実は歴史を動かしていたとか、すごい人だったとか、そこまで描き切ってくれたら楽しかったろうな。

戌 ちょっと厳しそうですね。

 個人的には次回作がすごく読みたいです。

 ラブコールだ。座談会まとめ係の権限で文章にハートマークいっぱい付けておくから。

 はい、ぜひ読ませてください♥♥♥

N 気持ちわるい……。


「ご注文は癒しですか?」
残念! 現実は甘くない。


寅 つぎ、『神様の定義』。子さん。

 八百万の神々と人々の交流を描いた八編からなる連作短編集です。各話べつべつの神様を扱ってはいるものの、最後にひとつにつながる構造となっております。作品に漂うほのぼのとした空気に癒やされました。基本いい人にはやさしく、ダメな人に厳しい話になっていますが、殺しだとか事件だとかの殺伐とした作品が多い中、清涼剤としておもしろく読めると思いあげてみました。

金 ほのぼの百合マンガ好きとしては、ほのぼのする気満々で読んだんですけど、思いのほか怖かったです。「シビア7:ほのぼの3」くらいの塩梅の神様話でした。

亥 シビアな神様話ってどんなの?

金 粗末に扱うとたたられたり、安易に願いをかけると痛い目に遭ったりするんです。神様の力で時間をさかのぼったりするのですが、なかなかうまくいかなくて。最終的に「決断するというのは重いことなのである」というメッセージが伝わってきます。

 ほのぼのというより、『笑ゥせぇるすまん』のような話だと思いました。ただエピソードの掘り下げが甘く、上辺を少し掬うのみに留まってしまっています。ならばもう少し新鮮さとバリエーションが必要なのではないでしょうか。あるいはキャラクターを掘り下げれば、もっと一編一編の深みが増すと思います。

 短編の手触りが心地よく、読者が気持ちよくなれる。そのあたりが「ほのぼの」なのでしょう。ラストで各短編をまとめる仕掛けはうまくいっているとは言い難いかな。ただ座談会にあげられるべきクオリティを持った作品だとは思います。

 オーソドックスな作りのお話だと思います。独立した短編が最終的にパーツとして機能し、物語を仕上げる構成には、工夫を感じました。一編一編は、薄味でこわがらせ方がワンパターンなのは残念。古狐やヒグラシさんのような温かみのあるお話の方に魅力を感じます。もし未読でしたらW・W・ジェイコブズの「猿の手」という短編を読んでみてください。「三つのお願い」系の傑作です。後味はよくありませんが。

(メフィスト2017VOL.2より)

⇒メフィスト賞座談会2017VOL.2【後編】に続く