本当に駅に泊まれるんです

文字数 953文字

 十九年間勤めた会社を辞めることになった私は、
「そうだ時間とまとまった退職金があるから北海道へ行こう」
 と思いたち、約一週間北海道の鉄道に乗り放題のお得な切符を買い、往復特典で乗れる寝台特急北斗星の予約をして冬の北海道へ旅立った。
 乗り放題をいいことに東は釧路から網走を回って、誰もいない雪の知床半島を一人で歩いてオホーツク海に迫る流氷を見たりした。
 そんな旅行の最後の宿に選んだのが函館本線の比羅夫駅にある「駅の宿ひらふ」だった。この宿は「駅の間近」なんてものではなく、駅のホームにある駅舎が民宿に改造されている宿なのだ。元々は無人駅だったそうだが、それを借り受けて日本に一つしかない「駅に泊まれる宿」となっていた。
 もちろん、退職ほやほやの私は単なる無職で「これからどうするかな~?」と週に一度ハローワークに通っているような状態で、とてもではありませんが「小説家で食べていこう」なんて思えませんでした。それが証拠に……今なら「鉄道模型でも作るのか?」というくらい撮りまくる資料写真をまったく撮っていなかったのですから。
 ですが……精神的に疲れていた私は、ホームでのバーベキューや丸太風呂、駅舎の寝室やダイニングなどに心から癒され、そうした感覚をメモに残しました。
 最も印象深かったのは出発の朝、列車に乗ろうとする私を宿のご主人が常連のお客さんと一緒に、ホームまで見送りに出てきてくれたことでした。
 そして、離れていく駅の宿を見ながら、
「いつかこんな気持ちのいい駅を舞台に、お話を作ることが出来たら……」
 とボンヤリ思いました。そんな想いがやがて「駅に泊まろう!」という企画になり、今はこうして書き続けているのです。



豊田 巧(とよだ・たくみ)
1967年大阪府生まれ。 ゲームメーカーで電車運転ゲームなどの宣伝プロデューサーを務めるかたわら、2009年『鉄子のDNA』(小学館101新書)で作家デビュー。「電車で行こう!」シリーズ(集英社みらい文庫)、「RAIL WARS!」シリーズ(実業之日本社ほか)、「鉄血の警視」シリーズ(講談社文庫)、『鉄警ガール』(角川文庫)ほか、 著書多数。

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