教育系YouTuber ヨビノリたくみさんによる『カエルの小指』解説!

文字数 3,402文字

道尾秀介さんの新刊『カエルの小指 a murder of crows』(講談社文庫)を、道尾秀介さんの大ファン!という、教育系YouTuberとして大人気★のヨビノリたくみさんが、解説します!


 あれは、高校一年生のある夏の日のことでした。


 いつものように学校の帰りに本屋に立ち寄ったところ、店頭に置かれた『向日葵の咲かない夏』という作品が目に留まったのです。それが私と道尾作品との出会いでした。家に帰ってさっそく読み始めたところ、あまりの展開に手が止まらなくなり、読み終えたときには朝を迎えていました。読後の興奮からか、そのまま起きていたのにもかかわらず、何故か次の日の1時間目の数学の授業に遅刻してしまったことを今でも覚えています。


 それから狂ったように道尾作品を読み漁りました。私がアルバイト先のドーナツ屋で振り撒いていた笑顔が実は全て道尾作品のためだったとは、当時のお客さんは知る由もなかったことでしょう。


 道尾作品には様々な一位があります。


 もちろん個人的なものなのですが、例えば前述した『向日葵の咲かない夏』は「人生に影響を与えた作品ランキング一位」であり、その後の読書人生の趣味趣向を完全に左右した作品でした。他にも『片眼の猿』は「ラストが忘れられない作品ランキング一位」、『背の眼』は「世界観が好きな作品ランキング一位」、『いけない』は「鳥肌が立った個数ランキング一位」、『シャドウ』は「読み返した作品ランキング一位」といった具合です。

 そして何を隠そう本書『カエルの小指』の前作にあたる『カラスの親指』は「人に勧めたい作品ランキング一位」であり、これまで何人もの人に勧めてきました。結果は全戦全勝。全員を道尾秀介沼に落とすことに成功しています。


 さて、今回私に与えられた役割は「解説」なので、このあたりで『カラスの親指』のあらすじを紹介しておきましょう。このままだと自分の好きな道尾作品を列挙するだけの駄文がこの素敵な本の最後を飾ることになってしまうので……(そう考えると文庫本の解説って本当に責任重大ですね)。


 ベテラン詐欺師のタケは、あることをきっかけにテツという男と出会います。そして二人はコンビを組んで様々な仕事(詐欺)を重ねていくのですが、ある日二人のもとにまひろという少女が現れ、その姉のやひろ、その恋人の貫太郎の三人がタケとテツが住んでいる家に転がりこみ、それから五人の奇妙な共同生活が始まります。しかし、この五人はそれぞれ心に闇を抱えており、それらを払拭するべく、人生逆転のための大規模な詐欺を企てる、というお話です。


 この作品の魅力はなんといっても、個性豊かでどこか人間臭い「登場人物たち」でしょう。タケもテツもまひろもやひろも貫太郎も、作品を読み終えた後には全員のことを好きになること間違いなしです。


 私は「どんでん返し」が好きで好きで仕方ありません。


 きっとこれは『向日葵の咲かない夏』に強く影響を受けた結果だと思うのですが、どの作品にもどこか期待してしまう自分がいるのです。嬉しいことに、『カラスの親指』にも、ある大きいどんでん返しが待っていました。しかしそれは、これまで読んできたどのどんでん返し系の作品よりも、心が温まるどんでん返しだったのです。これはミステリーでは珍しいことで、魅力的な登場人物だからこそできた芸当だと思っています。

 本書『カエルの小指』では、そんな大好きな登場人物たちにまた会えるというので驚きました。しかも、『カラスの親指』を読んだ人なら絶対に気になる、「物語のその後の様子」が書かれているというのです。解説を先に読むタイプの方に向けて、ざっくりと本書のあらすじを紹介しましよう。


 物語は『カラスの親指』から十年以上経った世界のお話で、前作ではまだまだ幼かったまひろもすっかり大人になっています。前作の後、二度と詐欺には手を染めないと誓ったタケですが、ある日、キョウという中学生と出会い、事態は一転します。キョウ曰く、キョウの母親は詐欺に遭って人生に絶望し、テラスの柵を乗り越えて建物の三階から身を投げてしまったらしいのです。父親も生まれた頃からいませんでした。そんなキョウに「あるお願いごと」をされたタケは怒りに震え、人生でもう一度だけ、かつての仲間と共に詐欺を働くことを決意するのです。


 いやぁ、激アツですね。自分で書いていてまた読み返したくなってしまいました。


 ここで皆さまに一つだけ自慢をさせてください。YouTubeやTwitterを通して道尾作品への愛を発信し続けたところ、なんと『カエルの小指』について道尾秀介さん本人と対談させていただく機会をいただいたのです。この話が決まったとき、すぐにこれまで道尾沼にはめてきた友人たちに一斉送信で報告しました。その結果、めちゃくちゃ羨ましがられました。さすがに。

 ただ自慢をしても仕方がないので、その際に著者本人に聞いた興味深い話をシェアさせていただきます。

 まず本人に聞いてみたのは「続編を書く構想は以前からあったのか?」ということでした。道尾作品で続編がある小説は非常に珍しかったからです。

 道尾さん曰く、作品を書く際は常に「これ以外のエンディングはありえない」という気持ちで物語を終わらせるらしく、基本的に続編という形はやりたくないとのことでした。すると自然に湧く疑問は「なぜ『カエルの小指』という作品が例外的に生まれたのか」ということになると思うのですが、それは「登場人物たちにまた会いたくなったから」だと言うのです。こんな素敵な理由があって良いのでしょうか? ファンだけでなく、著者自身もこの作品の登場人物たちのことが大好きなようです。


 もう一つ、本書に関する小話も紹介しましょう。


 皆さんは映画『カラスの親指』をご覧になったことはありますか? まだ観ていない方は今すぐ観ることをお勧めします。傑作です。映画でないとできない表現が多々詰め込まれているので原作を読んだ方でも楽しめます。中でも阿部寛さん・村上ショージさんらが演じる登場人物たちは非常に魅力的で、小説を読んでいたときに思い描いていた姿そのものでした。道尾さん自身にとってもそれは同様で、続編を書く際には逆に強く影響を受けたそうです。本書『カエルの小指』ではある作戦のためにタケが頭を丸めるシーンがあるのですが、その部分を読んだとき、私は「また頭を丸めたんだ(笑)」と思いました。『カラスの親指』でもそんなシーンがあったような気がしたからです。しかし実際は原作にそのようなシーンはなく、阿部寛さん演じるタケが映画の演出として頭を丸めただけだったのです。道尾さんの脳裏にもそのシーンが強く焼き付けられ、なんと、本書『カエルの小指』でも自然とそのような展開を書いていたとのことなのです。著者本人に影響を与える映画って凄いですよね。繰り返しになりますが、皆さんも絶対に観てください!


 道尾作品には様々な一位があると言いましたが、本書『カエルの小指』はどんなランキングの一位になるでしょうか。色々と考えてみたのですが、それはもしかしたら「親戚や家族にも読んでほしい作品ランキング一位」かもしれません。おそらく本書を読み終えた方は同じような気持ちになっていると思います。皆さんもぜひ、この作品を読んだ後は家のどこか高さ一三五センチの場所にこの本を置いておくと良いでしょう。それは人の目を最も引く高さらしいので、家の人が自然に手に取ってくれるかもしれません。


ヨビノリたくみ

教育系YouTuber。東京大学大学院卒。登録者85万人。AbemaTV企画の東大合格プロジェクト番組『ドラゴン堀江』数学講師。

公式HP http://yobinori.jp

道尾秀介(みちお・しゅうすけ)

1975年生まれ。2004年『背の眼』で第5回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞しデビュー。2007年『シャドウ』で第7回本格ミステリ大賞、2009年『カラスの親指 by rule of CROW's thumb』で第62回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)、2010年『龍神の雨』で第12回大藪春彦賞、同年『光媒の花』で第23回山本周五郎賞、2011年『月と蟹』で第144回直木賞を受賞。他の著書に『N』『雷神』『いけない』などがある。

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