「群像」2020年11月号

文字数 1,617文字

編集後記は、文芸誌の裏方である編集者の顔が見えるページ。

このコーナーでは、そんな編集後記を選り抜きでお届けします。

「群像」2020年11月号より

昨年6月、古川日出男さんにはじめてお目にかかって話をしていたとき、「どんな雑誌にしていくんですか」と問われ、答えると、古川さんは静かに、だがしっかりとした声である話を切り出した。「4号線と6号線と」は、そこから生まれたルポルタージュだ。当初は「復興五輪」という名のもとで世界に喧伝された東京五輪期間中に、被災地を歩く予定だった。五輪は延びた。「復興」という言葉はどこかに消えていた。コロナ禍でもあった。それでも、古川さんは、歩いた。話を聞き、見た。作家の目と、想像力を存分に感じていただきたい。


〈チェルノブイリの、あるいは福島の原発事故でなにが起きたのか。その固有性=歴史性にきちんと向かいあうためには、ぼくたちはつねにイメージの更新に開かれていなければならない。〉(東浩紀「悪の愚かさについて2、あるいは原発事故と中動態の記憶」『ゲンロン11』所収)


震災10年、「たまたまそういうことになった」政府の基本方針。イメージは固定化されやがて忘却される。私たちはしつこく、何度でもイメージを更新していく。


短篇創作特集は「密室」をテーマに、6人の作家の方々に書いていただきました。まずは部屋に入ってみてください。出られなくなったら、すみません。7月号掲載の初小説「膨張」が好評、井戸川射子さんの2作目中篇が早くも登場。工藤庸子さんと尾崎真理子さんによる、大江文学をめぐる初対談。大江作品の「女たちの声」に耳をすまします。気鋭の劇作家、松原俊太郎さんの戯曲「君の庭」を一挙掲載。劇団「地点」による舞台もオンライン配信されていますのでそちらもぜひ。新企画「〇〇チャット」、不定期でスタートします。今回は小澤みゆきさんと関口竜平さんに、昨今たびたび話題のV・ウルフについて「おしゃべり」いただいた「ウルフ・チャット」。石戸諭さんの「視えない線の上で」も、古川さんとはまた別の角度で2011年以降から「いま/さき」を見つめています。「論点」は5本、論点スペシャル号でもあります。「『パチンコ』」「DV」「都市の儀礼空間」「『ペスト』」「優生思想」と、幅広いテーマのアクチュアリティがここにあります。突然の訃報に驚きました。亡くなったD・グレーバーとともに歩みたかった/まだまだ歩む「未来」について、片岡大右さんに書いていただきました。


この編集後記、いつも忸怩たる思いがあるのは、その号に載っているすべてについてご紹介できないこと。でも本誌の連載は、「本になってから」ではなくやはり「いま」(も)読んでいただきたいのです。書き手の皆さんは雑誌(月刊誌)というメディアの特性も考えて毎号「ライブ」で書かれています。ルーティンではないから、めっぽうおもしろいのです。たとえば福嶋亮大さん「ハロー、ユーラシア」。中国そして香港から流れてくるニュースという「結果」のみで私たちは判断、受容してしまいがちですが、この連載では中国・香港(東アジアそしてユーラシア)の最新の思考とそこにいたる淵源が描かれるため、「何が/なぜ起きているのか」へ思考するきっかけがもらえます。どの連載にもそうした種があるのです。それはもしかすると、「三・五%」(この数字の意味は、本誌でも連載が始まった斎藤幸平さんの新著『人新世の「資本論」』を最後まで読むとわかります)に加わるための準備でもあるのではないかと、思っています。今月もよろしくお願いします。


(「群像」編集長・戸井武史)    

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