宇佐美りんが描く、生々しい家族の慟哭

文字数 4,306文字

話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!

そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。

ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。

今回の話題作

宇佐美りん『くるまの娘』

文・構成:ふくだりょうこ

■POINT

・家族のむき出しの心がぶつかり合う

・望んで家族になったわけじゃないけれど

・生活の中で見え隠れする生と死

■家族のむき出しの心がぶつかり合う


「生きているということは、死ななかった結果でしかない」


「生きている」とは不思議なものだ、と思う。どんなに「何もしない」でいようと思っても、心臓は動くし、血は巡るし、意識はある。生きていることはすごい。

でも、朝、目が覚めたときに「生きている」と思う人は少ないのではないか。


宇佐美りん『くるまの娘』。芥川賞受賞後の第一作目となる。

家族からは「かんこ」と呼ばれている「かなこ」。17歳の高校生だ。暴力をふるう父、2年前に脳梗塞を起こし後遺症の残る母。そして、両親から距離をとろうと家を出た兄と弟。

ある日、父方の祖母が亡くなり、車で葬儀に向かうことになる。車の中から見る思い出の景色、車中泊、母の癇癪。孤立した車の中での家族のいびつで孤独なやりとりを描く。

■望んで家族になったわけじゃないけれど


子どもは親を選べないし、親は子どもを選べない。偶然、家族になり、家族という枠組みを与えられたからその中で生きていく。もしかしたら、世の中で最も不可抗力の末に生まれたコミュニティと言えるのかもしれない。


かんこは、車の中で両親のことや兄や弟との記憶をたどっていく。客観的に見ても、かんこの両親に対応するのは少し難しい。父は暴力をふるうし、母の癇癪を起すタイミングを見極めなければならず、なだめるのも大変だ。

家を出て行った兄と弟にとって、両親がいると穏やかな生活が送れないのかもしれない。

しかし、かんこは両親と共にいた。かんこもまた、ウツとなり、学校に行けない時期もあった。行ったとしても授業中は寝てばかり。かんこの心身の変化は家族との関係が影響している。かんこは家を出ることを選ばなかった。兄程、かんこは両親を疎ましいと思っているわけではない。そして両親は自分を守るためだけの存在ではなく、娘である自分に守られる存在でもあると思っていたからだ。

家族だったとしても、価値観も考え方も異なる。家族に対する想いも。どんなに長く一緒にいたとしても、それぞれに見せる一面が異なるからかもしれない。

かんこはたまたま、両親の弱い面を見た。それが彼女の家族の中での立ち位置に影響を与えていく。

■生活の中で見え隠れする生と死


かんこは希死念慮を抱いている。ふとした瞬間に死を身近に感じ、そのことで「生」を実感しているようにも見える。

そして日常の中で訪れた祖母の「死」。かんこ自身は祖母との関わりは深くなかった。息子である父は祖母を憎んでいたらしく、死んだと聞いても涙が出ないという。それでも、親類の死というのは人の心をどこか無防備にし、いつもより傷つきやすくする。祖母の葬儀のために車中にいる父の姿はどこか不安定に見えた。

母はというと、生と死のラインをふわふわと揺れ動いている。家族が乗る車のハンドルを握り、「しんじゅうする」と絞り出す母。実際には父が止めるわけだが、家族を襲った死の恐怖は確かなものだった。その恐怖は大小あれど、かんこの生活にあり続ける。緩やかに続く地獄。それでも、かんこたちは生きている。


かんこも生きるし、母も父も生きる。死ぬそのときまで。しかし、17歳のかんこにとって現実は息苦しいもののはずだ。描かれる世界はモノクロで、閉塞感がある。暗いだとか、重いだとかではなく、生きるのが苦しいと伝わる描写の連続。しかし、それはかんこの世界に限らず、多くの人に共感される世界なのではないかと感じさせられてしまう。もしかしたら、みんな死にたいのかもしれない。でも、死なないから生きている。そんなふうに描かれた世界は、最初から最後までもの悲しい。

今回紹介した本は

『くるまの娘』

宇佐美りん

河出書房新社

1650円(1500円+消費税10%)

「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー

「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)

「多様性」という言葉の危うさ(『正欲』朝井リョウ)

孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)

お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)

2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)

「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)

ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)

絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)

黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)

恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)

高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)

現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)

画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)

ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人

人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)

猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)

指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)

“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)

何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)

今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)

「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)

さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)

ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)

社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)

2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒

今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)

自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)

ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)

絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)

新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)

鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)

運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ

吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)

3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)

ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠)

大切な人が自殺した――遺された者が見つけた生きる理由(『世界の美しさを思い知れ』額賀澪)

生きづらさを嘆くだけでは何も始まらない。未来を切り開くため「ブラックボックス」を開く(『ブラックボックス』砂川文次)

筋肉文学? いや、ひとりの女性の“目覚め”の物語だ(『我が友、スミス』石田夏穂)

腐女子の世界を変えたのは、ひとりの美しい死にたいキャバ嬢だった(『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ)

人生はうまくいかない。けれど絶望する必要はないと教えてくれる物語たち。(『砂嵐に星屑』一穂ミチ)

明治の東海道を舞台としたデスゲーム。彼らがたどり着くのは未来か、滅びか。(『イクサガミ 天』今村翔吾)

自分の友達が原因で妹が事故に遭った。ぎこちなくなった家族の未来は?(『いえ』小野寺史宜)

ある日突然、愛する人が存在ごと世界から消えてしまったとしたら?(『世界が青くなったら』武田綾乃)

あり得ない! 事件を一晩で解決する弁護士・剣持麗子、見参。(『剣持麗子のワンナイト推理』新川帆立)

想いは変わらない……夫婦が織りなす色あせない「恋愛」(『求めよ、さらば』奥田亜希子)

別れ、挫折、迷い。それぞれが「使命」を見つけるまでの物語(『タラント』角田光代)

骨太リーガルミステリが問いかける。正義とは正しいのか。(『刑事弁護人』薬丸岳)

思うようにいかない人生に、前を向く勇気をくれる一冊。(『オオルリ流星群』伊与原新)

読んでいる者の本性を暴く? 爆発を予言する男との息詰まる舌戦!(『爆弾』呉勝浩)

リアルとフィクションが肉薄……緻密な取材が導き出す真実とは?(『朱色の化身』塩田武士)

沖縄本土復帰直前に起こった100万ドル強奪事件! 琉球警察に未来が託される(『渚の螢火』坂上泉)

舞台は公正取引委員会! ノンキャリ女性の奮闘劇(『競争の番人』新川帆立)

思わず「オーレ!」と叫びたくなる! 新感覚の闘牛士×ミステリー(『情熱の砂を踏む女』下村敦史)

孤独な青年が音楽教室を舞台に裏切りと奏でる喜びに揺れ動く(『ラブカは静かに弓を持つ』安壇美緒)

少し苦いけれど、ハッピーになれる現代のおとぎ話(『マイクロスパイ・アンサンブル』伊坂幸太郎)

愛と別れを経て人は強くなる。孤独と寂しさを乗り越える物語。(『夜に星を放つ』窪美澄)

映画界を舞台に躍動する女性たち…挫折と希望のお仕事物語(『スタッフロール』深緑野分)

宇佐美りんが描く、生々しい家族の慟哭(『くるまの娘』宇佐美りん)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色