早助よう子『ジョン』という秘密の本を見つけて

文字数 2,485文字

「お気に入りの小さな本屋さん」って、もはや物語が始まっている気がする!


みなさん、出版社から出ていない、いわゆる自費出版の本を買われたことはありますか? 案外その経験がある方は少ないんじゃないかと思っています。私はよく舞台を観るので手売りされている上演台本を買いはしますが、本屋さんで出会って買うに至ることは今までなかったんです。


この間、自転車でお出かけしました。久々のひとりお出かけ。目的はtitleという本屋です。西荻窪と荻窪の中間の青梅街道沿いにある小ぶりな本屋で、小さなカフェが奥にあり、急な階段を登るとこれまた小さなイベントスペース、よく画廊が開かれていて、空間にセンスの良い静けさが充満しています。


私の周りにも本屋titleファンは多く、少し遠くてもわざわざ行く価値のある本屋さんなんです。よく吟味された本が平置きになっていて、今はこれか、今日はこうなんだと行く度に発見し、感動させられる、小さく行き届いた場所


そんな人を魅了する空間に、ポワァ〜と光るように際立って見えたのが『ジョン』という本の花柄の装丁。早助よう子という名前を見たことがありました。そうだ、先日『群像』で見た名前でした。どこから出た本なんだろうと興味を持って開いてみると、どこにも出版社名が載っていません。


が、奥付をよく見ると発行者が早助よう子、なんと自費出版じゃないですか。良い厚さ、真っ白な紙に綺麗な花柄、少しでこぼこした表の紙質、黄色い帯、本としてすごく形のよい姿に自費出版とはちっとも思えず、何度も確認してしまったほどです。

ポップと恐怖の両立。

9編収録されている中で『家出』という作品にこんな一節があります。


「ある日分かったんだ」母は言った。

「何を」

「不安を直視することこそが、希望のはじまり」


どの作品も社会に対する問題提起に満ちていますが、驚くほどチャーミングで明るいです。タイトルも『図書館ゾンビ』とか『エリちゃんの物理』ですからね。


一行一行、次にどこに行くか分からないピンポン球が弾むような文章でドキドキワクワクしながらも「不安を直視」させられる感覚はちょっと楳図かずおの漫画みたいポップと恐怖の両立にオリジナル性があって、わざわざ買って良かったなと思える本なのです。


 きっとこの作家さんにとって「自分らしくあること」がとても重要で、自然で、豊かなことなんだろうと勝手に妄想してしまいましたが、社会と繋がりながらもはっきりと「自分にしか書けない文章」というのが打ち出されているような気がして、その生命力のある文体にとても癒されそして脅かされました。


私は今こんなにのびのび表現ができるのだろうか。いや、のびのび生きられているのだろうか、私生活でも。


8編目に収録されている『アンナ』という作品。「ねえ、いつ結婚するのよ?」とまるで画面の向こうから語りかけるのは、なんと自分自身でした。そんな心騒つく夢を見てしまった「わたし」は、地方紙に募集が載っていた女性向け婚活セミナーに参加します。


セミナーでは「男の心を掴むためのちょっとしたテクニック」などを教わるのですが、講師は肘井アンナという人でした。アンナの持つどこか趣味の悪い人を食ったような、それでいて辺りに染み込むような美しさこそがきっと、受講生たちに深い作用を及ぼすのでしょう。教室は生徒たちの真面目な空気で満ちていました。


そして「わたし」はふと、アンナが男であることに気付きます。セミナーの終わった金曜日のある夜、「わたし」はアンナに喫茶店に誘われました。注文したワインとミックスサンドがテーブルに置かれます。「わたし」は彼女に、彼女の人生の一部を打ち明けられたのでした。


アンナは華奢な少年でした。彼は家を出ます。外に出なければならない、理由があったのです。そして都会で野良のように暮らした末、彼はある人物をきっかけに女装を覚えます。


野良のようではあったけれど続いていた今までの生活を捨て、女装して転がり込んだのはボスというあだ名のホームレスのテントでした。彼がボスの「ものになる」のは一瞬でした。ボスは彼にとって、教師であり、父親であり、恋人となったのです。


そして彼は、いや彼女は、ボスとの生活に悲しい結末を迎えます。 この話もまさに「不安を直視することこそが、希望のはじまり」で、短い中に人生の複雑さを語り、婚活セミナーという場に皮肉と、それでもアンナが講師を続けているという切実さが悲しみを帯びました。


その「本当の話」に「わたし」は、そして私、木村美月は、友情の涙を流したのでした。


秘密の楽しみのために「さまよえる本好き」と化す。

今筋を書いていて思ったんですけど、やっぱりこの作家さんはあらすじでは語れませんね。文体と描写がとっても面白いので、私がこんな説明をしてもやはり魅力は伝わらないのだと思います。


そういう、言葉にならない本に、私たちは人生でどれだけ出会えるでしょうか。出会いたくて出会いたくて、本屋をうろうろ彷徨っているんです




自転車で、駅から遠い小ぶりな個人店に行き、そして自費出版されている本をこっそり見つけて、ひとりで読んでひとりで心動かされる。誰に自慢するわけでもなく。これは私の楽しい秘密の時間です。


自費出版であるからこそすごく「買った気のする」本ですし、さらに早助よう子さんに秘密を打ち明けられたような気にもなるんですね。個人的であるというマジックが本をさらに輝かせ、切実な関係を読者と結ぶ。


ちゃっかりどころかごく真剣に、本気で、この作家と体験に魅了されてしまった木村美月なのでした。

木村美月(きむら・みつき)

1994年3月生まれ。劇団・阿佐ヶ谷スパイダース所属。俳優部。『MAKOTO』や『桜姫〜燃焦旋律隊殺於焼跡』などに出演。自身で脚本執筆や演劇プロデュースもしており、2019年の、ふたり芝居『まざまざと夢』では初脚本と主演を務めた。11月公演予定の阿佐ヶ谷スパイダースの新作にも出演予定。しっかり読書を始めたのは13歳。ラム肉と大根おろしが好き。

Twitter/@MiChan0315

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