第1回 小説講座 着想①

文字数 3,149文字

メフィスト賞作家・木元哉多、脳内をすべて明かします。


メフィスト賞受賞シリーズにしてNHKでドラマ化も果たした「閻魔堂沙羅の推理奇譚」シリーズ。

その著者の木元哉多さんが語るのは――推理小説の作り方のすべて!


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   まずは『閻魔堂沙羅の推理奇譚』の基本フォーマットがどうやって僕の脳のなかで生まれたのかを話します。
    僕はこれを「着想」と呼んでいます。無から有が生まれる瞬間のことです。何もないところに、突然、物語の世界が立ちあがる。
    着想のきっかけは、HKT48というアイドルグループの『12秒』という曲でした。作詞は秋元康です。
    僕は2016年ごろですが、秋元康の歌詞をしきりに研究していました。すでに小説を書きはじめていて、メフィスト賞を取ってデビューするのはその二年後です。
    なぜ秋元康の歌詞に注目していたかというと、平易な言葉を少しだけ使って、ピタッと映像を喚起する文章だからです。絵として浮かびやすく、歌詞として口ずさみやすい。
    それはなぜなのか。
    もちろん言葉選びとか、文章の組み立て方に、秋元康なりの法則があるはずです。それを解き明かして、小説の文体に取り入れることはできないか。
    それで秋元康の歌詞をかたっぱしから研究していました(これに関してはいずれ文章講座でやります)。

『12秒』はそのなかの一曲です。曲としては、いかにもアイドルソングです。
    十代の女の子が、初めて付き合った彼氏とファーストキスをする。目をつぶってからキスされるまでの12秒、どう振る舞ったらいいのか分からず、ただドキドキしているしかない。
    十代の恋をテーマにするとたいていそうなるのですが、無邪気というか、たわいもない曲です。でもなんとなく『12秒』というワードが僕の頭にずっと残りました。秋元康が「なんか気になる」タイトルを狙ってつけているとも言えます。
    それで『12秒』から連想されるものを、三日くらいずっと考えていました。そういえば昔、『48時間』という映画があったな、とか。『MajiでKoiする5秒前」という曲もあったな、とか。
    あるいは『12秒』というタイトルで小説を書くとしたら、どんな物語になるだろうかと。
    たとえば「12秒だけ時間を止められる」、「12秒だけ無敵になる(スーパーマリオみたいに)」、「12秒だけ時を戻せる」、「12秒だけ変身できる(ウルトラマンは3分間だけ戦える)」など。
『12秒 』で物語を考えていくと、どうしても超能力ものが多くなってしまいます。どうも書きたい気がしてこない。
    しばらくのあいだ、このことばかり集中的に考えていると(脳を『12秒』というワードに浸し続けていると)、

「死の12秒前に戻れる」

    突然、ポンと出てきます。勢いで、枝豆が飛び出すみたいに、ポンと。
    そして出てきた瞬間に、「あ、おもしろいかも」という感覚があります。
    思いつきはつねにあるけれど、物になりそうなアイデアのときは、そこにある種の快感がともないます。ひとめぼれするみたいに、ハッと目がとまる。
    つまり、こうだ。
    自分は殺された。たとえば背後から首を絞められて殺された。でも、誰になぜ殺されたのかが分からない。死んで、閻魔大王の部屋に行く。そこで「誰になぜ殺されたのか」の謎を解いたら、死の12秒前に戻れる。
「ああ、これでミステリーのかたちになるな。悪くないぞ」
    これが最初の着想です。

    でも、これですぐに小説が書きはじめられるわけではありません。
    たとえばですが、美しい風景があって、それを写真に撮ったら、それがそのまま芸術になるわけではありません。
    芸術と呼べるからには、そこに構図と技法が与えられなければならない。作者の意図によってコントロールされた構図と技法があって、はじめて物に魂が吹き込まれて、芸術と呼べるものになる。
    小説も同じです。

「死の12秒前に戻れる」
    これはただの着想です。ここに構図と技法を与えて、物語の構想として形づくっていかなければなりません。
    そのときに大事なのは、自分はいったい何をやりたいのか、自分自身に問いつめることです。そしてそれを正確に把握する。何をやりたいのかが分からなかったら、逆に何はやりたくないかを考える。
    その時点で、僕はまだ作家としてデビューしていません。でも能力的に、遅かれ早かれできるとは思っていました。
    問題はデビュー後です。
    作家のデビュー後三年生存率は、かなり低い。せっかくデビューできたのに、なぜもうちょっと踏んばれないのかと歯がゆく思うくらいです。
    三年以内に消えている人には、いくつかの特徴があります。
    たとえばそのデビュー作が模倣を抜けていないものだと(感覚的にこういうのは前にもあったなと思えるものだと)、たとえそれが多少なりとも評価されたとしても、次々と作品を生みだしていくのは難しい。
    オリジナリティーのないものは、飽きられるのも早い。その場合、「消える」というより、「その他大勢のなかに埋没して、頭を出せない」という感じになる。
    デビューするのは難しくない。大事なのはデビュー後だ。立て続けに二作目、三作目と出していって、少なくとも三年は生きのびなければ話にならない。
    そのためには木元哉多という作家のスタイルを明確に打ちだすことだ。
    僕の前には社会派ミステリーや本格ミステリーといったジャンルが先行してそびえたっている。それらとの相違が誰の目にもはっきり分かるような作品をデビュー作に据えなければならない。

    僕は新人作家なので、当然、新しいことをやりたいわけです。特に従来的な本格ミステリーからは一線を画したいと思っていました。逆に、こういうのだけは絶対にやりたくないと思っていたものもあります。
    たとえば殺人事件が起きて、犯人を特定するためにはA、B、Cの三つの情報がそろわなければならないとします。
    まず第一の殺人が起きて、Aという情報が出る。次に第二の殺人が起きて、Bという情報が出る。次に第三の殺人が起きて、Cという情報が出る。
    なんとなく連続殺人で話をつないでいって、A、B、Cの三つの情報が出そろうことによって探偵が犯人を特定する。あとは犯人が動機を語っておしまい。
    この構成のミステリーは山ほどあります。テレビドラマでは、いやっていうほど(いまだに)量産されています。
    ある意味、これが一番簡単なんです。パターンができあがっているので、いくらでも書ける。探偵のキャラクターや犯人が語る殺人の動機が多少異なるだけで、中身はほぼ同じです。
    こういうのだけはやりたくないという意志は最初から持っていました。こういう作品でデビューしても、どうせ三年生きのびない。
    そのうえで、もう一度自分に問いかけます。「おまえは何がやりたいのか」と。
    では、また次回。

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次回の更新は、7月10日(土)20時です。

Written by 木元哉多(きもと・かなた) 

埼玉県出身。『閻魔堂沙羅の推理奇譚』で第55回メフィスト賞を受賞しデビュー。新人離れした筆運びと巧みなストーリーテリングが武器。一年で四冊というハイペースで新作を送り出し、評価を確立。2020年、同シリーズがNHK総合「閻魔堂沙羅の推理奇譚」としてテレビドラマ化。

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