【さあどん】一歩、足を踏み出すーー『時空犯』

文字数 2,369文字

2021年9月に開催した、【NOVEL DAYS ×tree「さぁ、どんでん返しだ。」2000字書評コンテスト】


対象書目


『原因において自由な物語』(五十嵐律人)

『忌名の如き贄るもの』(三津田信三)

『時空犯』(潮谷 験)

『推理大戦』(似鳥 鶏)

『楽園のアダム』(周木律)

『メルカトル悪人狩り』(摩耶雄嵩)

『居酒屋「一服亭」の四季』(東川篤哉)


の中からひとつ以上を取り上げていただき、2000字の書評を募集いたしました!

沢山のご応募、本当にありがとうございます!


栄えある受賞を勝ち取った作品を全編掲載いたします!

【2021年9月開催「2000字書評コンテスト:さあ、どんでん返しだ。」受賞作】



一歩、足を踏み出すーー『時空犯』


著・野地 嘉文

 『スイッチ 悪意の実験』で第六十三回メフィスト賞を受賞した潮谷験は、前作刊行後四ヶ月足らずで早くも二作目『時空犯』を上梓した。ひとつ前に同賞を受賞した五十嵐律人も半年後に二作目を世に出したが、さらに本作と相前後して第三作『原因において自由な物語』を刊行している。凋落傾向にあった書籍の売上に近年、歯止めがかかっている要因としてヒット作の存在に加え、新型コロナウィルス感染症による巣ごもりで本に手を伸ばす機会が増えたことが挙げられているが、新鋭作家の旺盛な執筆活動もわずかながら寄与していると感じられるほどの活躍ぶりである。


 『時空犯』は特定の日が何度も繰り返される世界を描いた、いわゆる特殊設定ミステリーである。ある日、私立探偵のもとに情報工学の権威から報酬一千万円の依頼が舞い込む。二〇一八年六月一日という日が終わっても翌日になることはなく、ふたたび六月一日がやってきている疑いがあるという。それが本当のことなのか突き止めること、もし現実だった場合、その日だけがループしている原因を解明することが依頼内容である。依頼を引き受けた探偵は八人の男女とともに時間の巻き戻しを認識できる薬剤を服用する。やがて次々と登場人物が殺されていくが、殺された人物は六月一日の再開とともに蘇生し、何度も殺人が繰り返される。


 怪しげな招集により男女が集められる設定はアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』でもみられるミステリーの常套手段である。本作と同月に刊行された似鳥鶏の『推理大戦』も聖遺物争奪ゲームと称し、世界各国から名探偵が集結するストーリーであり、この設定の変形といえるかもしれない。ただ、潮谷験のデビュー作もまた、心理学の実験の被験者として大学生が集められ、それが事件の発端となるというプロットを採用し、本作を読み始めたとき、正直、作者のなかで一作目の余熱がまだ冷めやらず、ストーリーが前作に引きずられてしまったのではないかという危うさを感じた。新作のつるべ打ちは新人が作家としてのポジションを確立するために歓迎すべきであるが、それぞれに趣向をこらさないとかえって仇になる。だが、潮谷験は『時空犯』で意欲的に新しい試みに取り組んでおり、危惧は杞憂に終わった。

 

 時間の跳躍という設定自体は珍しいものではなく、筒井康隆の『時をかける少女』が有名であるが、本作はむしろ時間ループに取り込まれた小集団を描く映画『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』の影が感じられる。この映画は主に若い世代をとらえ、日本中で何度もビデオテープが巻き戻され、DVDは際限なく回転した。その影響は、ライトノベル「涼宮ハルヒ」シリーズの一短編やテレビアニメーション『魔法少女まどか・マギカ』など、多くの後続作品に認められる。


 時間ループを扱った作品はミステリーにも存在し、西澤保彦の『七回死んだ男』、北村薫の『ターン』などが思い起こされる。潮谷験はこの設定を本格ミステリーの定石に適用し、ロジックの剣をふるうことで、時間の無限軌道を断ち切ると同時に、過去の多くの作品に共通するプロットの類型から脱し、一気にゲームチェンジをはかろうとした。


 ほとんどの先行作品は、物語の中盤で主人公が無限に繰り返される円環のなかに閉じ込められていることに気づく。この瞬間がストーリーにおけるターニングポイントである。主人公は驚愕し、張り巡らされた檻から脱出しようと決心する。プロットは折り返し地点を迎え、以降は時間ループからの脱出が成功するかどうかが主眼となる。


 ところが、本作ではせっかくの一大イベントを放棄し、登場人物はストーリーを開始する以前から自分たちがループのなかにいることに気づいている。代わってストーリーの焦点は、登場人物が時間のわずかなほころびに手をかけ、引き裂き、無事に無間地獄から脱出できるかという展開に絞られる。先導役は事件の解明を依頼された探偵が果たす。彼が携えている武器は本格ミステリー特有のロジックであり、謎を解明することによってループに終止符が打たれる。本作は時間ループの常道を踏まえながら先行作品の影響にむやみに引きずられず、本格ミステリーの文法にあくまでこだわった作品であるといえる。

 

 事件が終結し、物語は登場人物のひとりによる、


 たとえ何が起ころうとも、何が訪れようとも。

 俺たちにはもう、時間を巻き戻す必要はない。


 という独白で終わる。

 

 新型コロナウィルス感染症の蔓延によって立ち込めている閉塞感は、今日は昨日の繰り返しであり、明日もまた今日の続きであるように感じさせる。だが、いつかはそのループから脱し、今日とは違う明日に向かって足を踏み出さなくてはならない日がくる。『時空犯』の前向きはメッセージは、現状を打破しようという力強い意気込みとして響き、読者に希望を与えてくれる。

受賞作以外にも、「2000字書評コンテスト:さあ、どんでん返しだ。」には力作書評が目白押し! 結果発表ページはコチラから!

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