『戦百景 関ヶ原の戦い』エッセイ/矢野隆

文字数 1,964文字

「戦百景シリーズ」と題して刊行している今シリーズ、第3弾にしてついにあの「関ヶ原の戦い」です! 

日本の歴史の中で一番有名な戦、と言っても過言ではない合戦です。

ということは、もちろん小説の題材としてもいろいろと書かれているわけで……。

そんな「関ヶ原の戦い」に挑んだ、矢野さんの制作秘話エッセイです。

【基礎知識:関ヶ原の戦いとは】

日本の合戦史上で最大規模とされ、もっとも有名な戦いである。兵力の単なる動員数で言えば「大坂冬の陣」「小田原征伐」はそれぞれ両軍合わせて実に30万人前後、「九州平定」でも両軍で25万人くらいが動員された。それに比べて「関ヶ原の戦い」は合わせて15~16万人程度。にもかかわらず「天下分け目の」という言葉が冠されるほど有名なのだ。その名を押し上げた要因としては、東西両軍の兵力が互角で勝敗の趨勢が全く読まなかったこと、関ヶ原という場所が日本の東西のまさに境界線で「決戦」にふさわしかったことなどが挙げられよう。そしてもう一つ、「関ヶ原」を最も有名にしたのは「天下を分ける」ほどの戦いだったにもかかわらず、たった1日で決着したことではないだろうか。九州平定をめざしていた黒田官兵衛や、最上征服を目論んでいた上杉景勝・直江兼続主従は相当の肩透かしを食らったようだ。勝負の分かれ目を意味する「天王山」の語源となった、羽柴秀吉と明智光秀が激突した「山崎の合戦」のほうが、「関ヶ原の戦い」に趣は近いのかもしれない。


『誰でも知ってるあの戦です』 矢野隆


 どんなに簡単な記述しかない教科書であっても、かならず載っている戦国時代の戦は?

 歴史に疎いアナタが知っている、戦国時代の戦をひとつ答えてください。

 こんなことを問われて一番に答えとして挙がる戦。恐らく多くの人がこう答えるであろう。

 関ヶ原の戦い。

 戦った武将が誰であるかは知らなくても、この名前くらいは聞いたことがあるはずだ。そんな戦国時代の戦いが他にあるとすれば、本能寺の変くらいではないだろうか。

 この日本史上屈指の有名な戦、関ヶ原の戦いこそが戦百景三作目の題材である。

 このエッセイを読んでおられるような歴史好きならば言わずもがなであろうが、徳川家康率いる東軍と石田三成率いる西軍による、天下分け目の大戦だ。

 結果は小早川秀秋の裏切りによる東軍の大勝利。敗れた石田三成は首を刎ねられ、二年後の徳川幕府へと至る。

 こんなことを作者が書いてもネタバレなどと怒る者は誰もいない。それほど有名な戦である。

 しかも困ったことに、この戦を題材にした小説には大作家司馬遼太郎が著した『関ヶ原』という大作がある。大司馬の書いた『関ヶ原』と正面切って勝負をしようというつもりはないが、やはりそこは意識してしまうのが人情というもの。

 正直悩んだ。

 勝ち負けではないとはいいながら、それでも自分なりの関ヶ原を書かなければ意味がない。だからこそ私は、今回三作目でありながら『戦百景シリーズ』の原点に立ち返ろうと思った。早いと思われるかも知れないが、シリーズの根幹を改めて確認することで、関ヶ原という戦の熱量を描く術を模索したのである。

 多視点リアルタイムによる輪舞形式。これが『戦百景シリーズ』の根幹である。

 視点人物がバトンを渡して行きながら、戦が進展してゆく。日本をふたつ割って大名たちが戦ったこの関ヶ原という大戦と、多視点リアルタイムによる輪舞形式は、非常に相性が良いのではないかと思ったのだ。

 各々の思惑を抱えた大名達は、家康と三成を秤にかけ、己の運命を切り開くために戦った。そんな男たちのなから独断と偏見で十人を選んだ。

十人が熱を繋ぎ、『戦百景 関ヶ原の戦い』は完成した。

 この企みが果たして成功したのか、それとも間違っていたのか。そのジャッジは読者の皆様に委ねたい。

 日本史で最も熱かった関ヶ原という名の戦場の只中に、十人の男たちとともに皆様が立ってくれることを心から願う。


矢野隆(やの・たかし)

1976年福岡県生まれ。2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞。その後、『無頼無頼!』『兇』『勝負!』など、ニューウェーブ時代小説と呼ばれる作品を手がける。また、『戦国BASARA3 伊達政宗の章』『NARUTO-ナルト‐シカマル新伝』といった、ゲームやコミックのノベライズ作品も執筆して注目される。また2021年から始まった「戦百景」シリーズ(本書を含む)は、第4回細谷正充賞を受賞するなど高い評価を得ている。他の著書に『清正を破った男』『生きる故』『我が名は秀秋』『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』『大ぼら吹きの城』『朝嵐』『至誠の残滓』『源匣記 獲生伝』『とんちき 耕書堂青春譜』『さみだれ』『戦神の裔』などがある。

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