第93回

文字数 1,969文字

去年倒れて入院している父だが、また続報があった。


最近気のせいではなく親父の話が多いが、私のひきこもりはどこからと聞かれたら確実に父から来ているので仕方がない。

逆にいえば「親父の時点で終わっていた」とも言える。


父はその後実家近くに転院し、リハビリを経て3月ぐらいに家に帰る予定だという。


それを聞いた時「マジかよ」と思った。

何故なら父は倒れる前から割と死にかけであり、すでに足が立たないので、『火の鳥』の脚がついてた時のロビタみたいなケツ移動をしていた。


思えば現在私が自宅にランニングマシンを購入し、毎日ウォーキングをしているのは、あまりにも座りっぱなしの生活をしているため、このままでは歩けなくなりケツにホバークラフトをつけて移動することになると思ったからだ。


しかし、ケツホバー機能の実装を待つことなく父はすでにケツ移動を完成させていた。奴は常に私の先をいく。


しかしそんな状態でも、家中に取り付けられた手すりなどを駆使したパルクールアクションで、トイレや風呂には自力で行っていたらしい。


だがおそらく、倒れたことにより状況は悪化しているはずである。そんな状態で帰ってきて大丈夫なのか。

しかし、母含め実家の人間が「本人が帰りたいならいっちょ帰らせてみっか」みたいなことを言っているので、すでに実家を出ている自分が「やめとけやめとけ」と吉良吉影にやたら詳しい同僚みたいなことを言うわけにはいかない。


だが病院に、一度帰るにあたり、どうやって自宅で暮らすか話合うので自宅の写真や動画を持ってきてくれと言われた瞬間、「いっちょやってみっか」と悟空みたいなことを言っていた母の顔が、理性を失う五秒前の悟空になってしまった。


何回も言うが、我が実家は父親の私物で9割が占拠されており、無事な部屋は台所を覗くと一部屋しかなく、その部屋は死にかけのパイセンであるババア殿が住んでいる。


他の部屋はどこも大体床に物が大量に置かれているため、正直、老や病人でなくても暮らすには難易度が高い。


よってありのままの自宅の写真を見せたら「やめとけやめとけ」もしくは「おいおいあいつ死んだわ」になるに決まっているし、最悪通報まである。


実はというと、父の入院後、今が好機と家をある程度片付けたらしい。しかし父が拠点としていた本丸の部屋だけは手付かずにしていたという。


なぜそうしていたかというと「触ると怒る」からだ。

これは多くのひきこもりが持つ特徴である。ひきこもりは外に出るのを嫌がるが、それ以上に自分のテリトリーに他人が入ったり、自分の物を触られるのを嫌がる。


ひきこもりの解決には外部の干渉が必要とよく言うが、ひきこもり本人がそれを何より拒んでいるため、なかなか外部が立ち入れないのだ。


また他人が自分の部屋に入るのは嫌がる割に、自分で部屋を維持できている訳でもないので、ひきこもりの部屋は普通に汚い場合が多い。

さらに家族が「代わりに片付けるから」と言っても、自分の物に触られたくないので「自分でやる」の一点張りなのだ。


そうなると、家族側も家の中の惨状を見て「こんな家よそ様に見せられねえ」と、外部の支援を拒むようになるのだ。


日本の家庭はひきこもりを隠そうとする傾向にあるというが、それはひきこもりが恥ずかしいというのもあるかもしれないが、単純に「家の中が汚なすぎる」という物理的理由で外部の人間を拒んでいるケースも多いのではないだろうか。


実際、母も今のままでは他人を入れるなんてとんでもないと言っている。

そうなったら、ヘルパーなどを使わず家族のみの介護→無理が生じる→ポリス、という今の日本で少なからず起こっている事件に発展してしまうかもしれない。


それで結局母は、父の許可を取らず兄と父の本丸を一掃することにしたそうだ。


そんな話をわざわざ電話で報告してきたので、相当な決意だったと思われる。


もし帰ってきた父が「何故勝手に片付けた」と切れたら「施設にぶち込む」的なことをもう少し柔らかい表現で言っていた。


家族としては穏便に済んで欲しいと思っているが、ひきこもりとしては師である父に対し「この後に及んでキレてみて欲しい」という気持ちがある。


文字通り、死んでも自分のテリトリーは死守するひきこもりの魂を見せてほしい。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

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